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第83話

「そう。自分が守らなきゃいけないものを新しく見つけたっていうか」 「……つまり、ナツキさんを?」 「ていうか、ここの通りと店とをってこと」  にこっと笑顔を見せてくる。 「あと、ここに来る人みんなをね。小池さんのように」 「……」 「あの人、今は、お宮通りのバーテンダーと用心棒を楽しんでやってるみたい」  愛嬌のある朗らかな笑顔に、陽向もつられて微笑んだ。スツールをおりると、アキラが戸口まで先に歩いていき、扉をあけ見送りをしてくれる。  店の外から涼しげな夜風にのって、古い通りの雑多な匂いや音が流れ込んできた。 「上城さんには、小池さんが来てくれたこと、伝えときますね」 「……いや、いいですよ」 「けど、会いたかったってことは、用事でもあったんじゃないですか?」 「いえ、その、ただ顔見て安心したかった、っていうだけで……」  言ってしまってから、しどろもどろになる。二杯分のアルコールが効き始めているようだった。 「またきますね」  陽向はそう挨拶をして店を出た。  時計を見れば、午後七時すぎだった。通りはこれから人が増えていく時間だ。お宮通りは仕事帰りの労働者や、それにつられてやってくる年配者が多い。  道路の両側からは、炭火で焼かれる串の匂いや、歩きながら話す人たちのざわめきが聞こえた。  ここには新しい店はほとんどない。昔ながらの造りの店が軒を連ねている。  色あせたプラスチックの看板が、淡い明かりを瞬かせている。『スナックゆみこ』と書かれた店の中からはこもったカラオケの演歌と、懐古調の音楽にのせられる調子っぱずれの歌声が響いていた。  隣の店には模様入りのすりガラスがはまった木枠の窓があり、レンガの壁に貼りつけられた古いホーロー看板には、今はもう売っていない瓶のジュースが描かれている。  焼き鳥屋の店先にビールケースが積まれ、ベニヤ板がのせられている。テーブルが足りなくて、外にまで張りだしているそこで、常連客らしき人たちが盛りあがっていた。  何十年という時間をかけて作られて、時代と共に移り行く人や出来事を取りこんできた場所なんだなと、今までとは違う見方で眺めてみる。

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