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第109話

「なんで、やっぱ、寝てみたら、俺のこと、嫌になった?」 「まさか」  違う、というように、上城は大きく首を振る。 「そうじゃない。反対だ」 「……え」 「おまえのことが心配だからだよ」  視線を自分のカップに移しながら、真面目な表情で言った。 「ここに来るには、あのゲイバーのまえを通らなきゃいけないだろ」  落ち着かなげに、手にしたコーヒーを睨む。 「あそこはお世辞にも雰囲気のいい店じゃないから。もしまたあいつらが来て、昨日みたいに襲われるようなことになったら、どうしたらいいんだよ」 「へ?」 「それに、おまえは可愛いから、絶対、ゲイバーに通う奴らに目をつけられる。声をかけてくる奴もいるかもしれない。そんな店のまえ、おちおち歩かせられっかよ」 「……」  なにかすごいこと言われた気がした。 「だから、心配なんだよ」  怒ったような口調で、カップを握りしめる。本気で陽向のことを案じているらしく、顔つきは真剣だった。 「……えっと」  そこまで気にかけてくれるなんて思ってもみなくて、こっちも照れてしまう。 「だ、だったら、俺も、ボクシング始めてみようかな? とか」  相手の心配顔につられて、つい口走っていた。  言ってしまってから、え? まじで? と自分に突っ込みを入れる。いきなりなにを言いだすのか。そんなこと、今まで考えたこともなかったのに。  自分の言ったことに、自分自身もびっくりしたが、上城も目を瞠った。  ボクシングのような殴りあって血の出るスポーツなど、やってみたいと思ったことはないし、観戦しようという気になったこともなかったのに。  けれど、昨夜の不良らのことがあって、あのときの気持ちの昂りというか血がたぎるような感覚は、今まで経験したことのないもので、それをまた体験してみたいとう気持ちは、自分の中に生まれては来ていた。 「まじか。だったら俺が相手してやるよ」  陽向の告白に、俄然のり気になった上城が笑顔を見せてくる。 「……上城さんが相手を?」  その返事に、陽向は自分がボクシングをしている姿を思い浮かべようとした。

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