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第111話 新しい、古い鍵
「……こんばんわ」
入り口の扉を押して、店の中をそっと見渡す。
淡いオレンジの明かりに照らされたザイオン店内には、テーブル席に女性客が三人と、カウンターにふたりの客がついていた。
「あ、いらっしゃい」
カウンターの内側から挨拶してくれたのはアキラだった。ひとりでグラスを磨いている。
陽向はカウンターの片隅に席を取ると、隣のスツールに大きめのスポーツバックをおいた。
「今日も練習に行ってらっしゃったんですか」
陽向のまえにきたアキラが気さくに声をかけてくる。すっかりここの常連になった陽向は、「はい」と返事をしていつものビールを注文した。
「頑張ってますね」
あれから陽向は、上城と同じ山手ボクシングジムに通いだした。
まだ練習を始めて数日で、体力作りの段階だったけれど、下手な素人なりに楽しんで続けている。
明日は土曜日なので、このまま上城の部屋に泊まって、翌日に少し遠出をしてボクシング用品の専門店に行く予定にしていた。本格的に始めるのなら、グローブなど揃えないといけないからだ。
今まではジムの備品を借りていたが、やっぱり自分用が欲しい。上城に選んでもらって、ついでにそれを口実にしたデートをするつもりだった。
考えていたら、自然と笑みが浮かんできてしまう。アキラが目のまえにいるのに、不審な笑い方をしてしまった。
「なにか楽しそうですね」
「あ、いえ。……えっと、上城さんは?」
笑い顔を誤魔化すように店内を見渡すが、バーテンダー姿の恋人はどこにもいない。
「ああ、今ちょうど商店街のいつもの会合に行ってるんですよ。すぐ戻ってくると思います」
「そうなんですか」
差しだされたビールを一口飲む。運動したあとのビールは格別に美味かった。
「ここ最近、この通りをもっと安全にして、訪ねてくる人に楽しんでもらえるためにどうしたらいいのかって話しあっているようですから」
「へえ」
アキラが手元を忙しく動かしながら、けれど話し相手が来店してくれたことが嬉しいのか、続けて喋ってきた。
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