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33.浮気?!
シャワーを終えた二人は、更衣室で着替えた。
「今日はどうもありがとうございました。後でギャラを渡すので、事務所に寄ってくださいね」
一礼をして更衣室を出ようとしたアキの腕がつかまれた。
「アキちゃんといーっぱいエッチなことしたいから、プライベートで一度遊ぼうよ」
小首をかしげ優しく微笑むカズハだが、腕をつかむ力は強い。アキの顔がひきつる。
「いえ、あの、カズハさん…」
アキの体が引き寄せられた。気がつくとアキはカズハの腕に抱きしめられていた。
「アキちゃんのフェラ、すごく気持ちよかった。奏くん仕込みかな?」
確かに、フェラチオを初めてしたのもされたのも、奏だった。だが、今日のバキューム・フェラの手本は東郷だ。アキは返事もできず黙りこむ。
「好きだな、アキちゃんの匂い」
アキはどう言っていいのかわからない。世話になった以上、無碍にはできない。だが、カズハのされるがままになるわけにもいかない。カズハの好意に応えられない以上、いつまでも気を持たせていてはいけない。
「カ、カズハさん…。あの…」
「ねえ、奏くんのことはもう諦めてるよね。今は好きな人、いないでしょ?」
好きな人、と聞いてどうしても浮かんでしまう人物を、アキには消せない。思い浮かべないよう努力しても、その存在は消えなかった。
「今はまだ…わからなくて」
カズハの手に力がこもる。アキの髪に顔をうずめ、カズハは震える声で言った。
「もうほかに好きな人がいるの? アキちゃんの心の中に、ほんの少しでも俺は住めないかな」
アキの胸が痛む。少し前まで、自分が奏に対して抱いていた感情だ。
「ごめんなさ……!」
アキの口が、カズハの唇で塞がれた。舌が唇を割る。だが、乱暴に這い回るのではなく、アキの舌や歯の感触を味わうような、優しいキスだった。カズハの手がアキの尻をつかみ、体を密着させる。コーデュロイのパンツ越しでも、カズハの屹立がわかる。
アキは逃れようとカズハの体を押し返すが、それ以上の力でカズハが抱きしめる。
「謝らないで。アキちゃんが手に入らないなら、無理やりにでも手に入れるから」
ロッカーにアキの背中が押しつけられた。首筋を舌が這い、指がボタンを外す。
「や、やめてください、カズハさん!」
「お願い、アキちゃんが欲しいんだ…」
シャツの中に熱い手が入る。その手は小さな乳首をとらえ、先ほどと同じようにいじられる。
「やっ…嫌だっ、カズハさ…! もうすぐ、着替えに来る子が…」
コンコンコン、とノックの音がした。二人の息が一瞬止まる。
「ねえ、二人ともいいかしら? カズハちゃんのギャラを渡したいんだけど」
花森だった。いつまでも事務所に来ない二人を変に思い、更衣室まで様子を見にきた。
慌てて身支度を整えたアキは、ドアを開ける。
「あ、ごめんね花ちゃん、遅くなって」
花森は長い前髪の隙間から、アキとカズハを交互に観察する。細いが観察眼に優れている目は、わずかな服の乱れを逃さなかった。
「うふふ~。アキ店長、浮気はダメよ。スグルちゃんに言いつけちゃうから」
「は、花ちゃん! 僕は浮気してないしっ…ていうか、そもそもまだ東郷さんとは付き合っていなくって…」
慌てて否定するアキは真っ赤だ。
「まだ、ってことはこれから付き合うってことね」
「いや、そういう意味じゃ……あ!」
アキは焦って振り返った。カズハの前で東郷の名を出してしまった。カズハが目を丸くしている。
「アキちゃん…東郷店長が好きなの…?」
「あ…いえ、まだ何ていうか…好き未満…のような」
花森は後ろから、アキの肩に手を置いた。
「スグルちゃんはね、アキ店長に惚れてんの。だからアタシに“アキは俺の恋人候補だから手を出すな”って言うのよ~」
カズハが何かを考えるように、顎に手を当てる。そして、すぐに優しい笑顔になった。
「候補ってことは、まだ俺にも望みはあるのかな?」
東郷への気持ちもまだ固まっていない今、アキにははっきりと返事ができない。
「カズハちゃん、ギャラは受付で渡すから、後で声かけてね~」
花森が出て行った後、カズハはショルダーバッグを肩にかけた。優しい笑みが、挑戦的なものに変わる。
「じゃ、明日本店に出勤したとき、アキちゃんと共演しましたって、東郷店長に報告しちゃお」
「カズハさん、それは――」
アキの顔が引きつる。
「言ってほしくないってことは、アキちゃんやっぱり東郷店長が好きなのかな」
アキの顎をとらえると、カズハは唇を重ねた。驚いたアキが、カズハの胸を押す。
「な、何してんですかっ」
「帰りの挨拶。じゃ、お疲れっしたー」
手を振りながらにこやかに、カズハは更衣室を出た。今日は一日、カズハに振り回されっぱなしだ。事務所に戻ったアキは、デスクでぼんやりしていた。
頭の中に浮かぶ東郷の存在は、少なくとも無視できるものではない。何日か前に、東郷とのセックスを妄想しながら自慰をしたのを思い出す。蘇った熱と恥ずかしさで、体が熱く火照る。
それは恋なのだろうか。花森が受付を終えて戻ってくるまで、アキは自問自答を繰り返していた。
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