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35.嫉妬とセクハラ
アキは驚きのあまり声が出そうになったが、慌てて口を押さえる。
カーテンの向こうから、先ほどの店員の声が聞こえた。
「お待たせいたしました。コーヒー二つ、こちらに置きます」
店員はカーテンを開けない。代わりに、横の壁の小さな扉を開ける。コーヒーカップが二つ並べられ、東郷が手を出して料金を渡した。コーヒー二杯にしては少々高めだ。個室料金が含まれている。東郷は小さな扉を指差し、“ラブホテルの食事を受け取るみたいだろ”と言うが、アキはラブホテルに入った経験が無い。
「東郷さん、違法って…どういうことなんですか」
東郷は大してうまくもないコーヒーに口をつける。
「カップル喫茶は、風俗店として警察に許可がいる。だが、最近では規制が厳しいんだ。だから一階部分は普通のカフェとして営業し、二階部分は合い言葉で入れる」
“二階を使いたい”“ティールーム”その二重の合い言葉で、警察の目をかいくぐってきた。“ティールーム”は、アメリカのゲイ用語のスラングが語源だ。
個室になっているものの、スワッピングも可能だ。その合図として、カーテンを開けているカップルは、スワッピングOKの印だ。
「ちなみに表向きはこの部屋は、従業員の仮眠室や倉庫なんかの、バックヤードとなっている。二十四時間営業だからな」
アキもコーヒーを飲む。確かに、奏のコーヒーよりは数段落ちる。これならばファーストフードのコーヒーの方がいいだろう。
「一人で一階にいて、声をかけてもらうのを待つやつもいるぞ」
ナンパ、あるいは金目当て。交渉成立すれば二階に移動する、というパターンだ。
「それに使うのか、たまに更衣室の消毒液の減りが早いときがあるぞ。気をつけろ」
『X-ROOM』の更衣室には、共演者が互いの気遣いのために、シャワールームにはシャンプーやボディソープのほかに、消毒液も用意されている。東郷の話では、その消毒液を失敬して、行きずりの相手との営みに使う者がいるらしい。相手が病気を持っている可能性があるからだ。陰部を消毒すれば激痛が走り、それで病気かどうかある程度判断できる。
「…そんな話、僕が本店にいたころに全く聞いたことありませんよ」
「アキは真面目だし、元々がノンケだったから、周囲も遠慮していたんだろう」
アキは生まれつきゲイというわけではなかった。そのせいか周囲の店の話も、キャストからはほとんど聞いたことがなかった。
「オリンピックや万博みたいな国際的なイベントがあると、警察の目が厳しくなる。ちょっとしたことでも営業停止をくらうからな、気をつけろ」
アキにとってはありがたい忠告だった。『X-ROOM』二号店の店長を務めてはいるが、まだまだ知らないことはいっぱいある。
アキはコーヒーを飲み干し、カップを置いた。
「東郷さん、今日は本当にありがとうございました。勉強になりました」
東郷の方に体を向け、お辞儀をした。顔を上げると同時に、東郷に顎をとらえられる。
「あ、あの…何ですか?」
「カップル喫茶に来ておいて、コーヒーを飲むだけで終わりだと思うか?」
アキが答える前に、唇を塞がれた。すぐに舌が侵入してきて、アキの口内を暴れまわる。芳醇さの無いコーヒーの味がする舌。それは自分のものでなく東郷の舌だ。
東郷の唇から逃れたアキが、小さな声で抗議する。
「や、やめてください東郷さんっ。こんな所で何するんですか」
「ここはこういうコトをする所だ。みろ、テーブルの下の棚にはティッシュもある」
東郷がアキの服の裾から手を入れた。
「だからって…別に何もしなくても…あ」
アキの耳に熱い息が吹きこまれる。
「何もしなかったら、警察の捜査だと誤解されるぞ」
「じゃ…あ…、してるフリ…だけで」
キュッと乳首をつまみ、東郷の唇がさらに耳に近づいて触れる。
「フリだけでいいのか? ここはもう硬くなってるのに」
息の次は意地悪な言葉で、アキの羞恥心を煽る。アキが肩をすくめると東郷が抱き寄せ、耳に舌をねじこませる。
耳と乳首、同時に攻められ、アキは声を出すしかなかった。
「んっ…」
唇を噛んで必死に耐える。でなければ、近くの席に聞こえてしまう。周囲はお構いなしに声をあげている者もいるが、それが自分と似た状況だと思うだけで、恥ずかしくなる。
「アキ…」
低く優しい声で呼ばれ、アキの脳内がとろけそうだ。だが、次に来たのは甘い言葉ではなく――
「二号店でカズハと共演したんだってな」
アキの心臓が痛くなる。カズハが東郷にしゃべったのだ。
「あ、はい…カズハさんが…条件として…いっしょに出てくれたらって言うから…」
「アキのフェラが気持ちよかった、と言ってたぞ」
意地悪く低い声がささやく。カズハはどこまでしゃべったのだろうか。大きく跳ねた心臓は、痛いほど鼓動を打つ。
乳首をいじりながら、東郷は話を続ける。
「カズハに言われたんだ。ボヤボヤしてたら、俺がアキちゃんを盗りますってな」
「そ、そんな…あ」
服をめくり上げ、東郷が乳首に吸いついた。舌で転がし、舌先でつつき、そのたびに小さく上がるアキの声を、東郷は楽しんでいる。
「あいつは遊び人だ。アキのことは本気というより、ウブな反応をするのが楽しいんだろう。もっとも、全く興味無ければちょっかいは出さんだろうがな」
東郷の手がベルトにかかる。アキはその手を押さえるが、東郷が素早く前を開けた。
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