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40.恋の相談

 コーヒー専門店『ノアール』の自動ドアが開いた。 「いらっしゃい、アキ」  コーヒーのよい香りに奏の笑顔。こじんまりしていて、落ち着くカウンター。なのに、いつもの端の席に座るアキは、大きくため息をついた。昨日はよく眠れなかった。 「疲れてんの、アキ? 目の下、クマができてるぞ」 「えっ、本当ですか」 「そんなお疲れ気味のアキに、いい物作ってあげようか」  しばらくして、ふわりと甘い香りがするカップが置かれた。カフェモカだ。カップを両手で包み、一口飲む。チョコレートの甘い香りで、体中が満たされるようだ。 「おいし~い。体が温まりますね」 「だろ? 寒い日はチョコレートやココアを取るといいよ。…ところで疲れの原因は、店長の業務が大変だからかな?」 「それもあるけど…」  カフェモカを半分ほど飲んでカップを置き、アキは奏を見上げた。 「奏さん…、荻さんの昔の恋人って、気になりますか」  奏はカップを拭く手を止めた。 「洋介さんの元恋人ねえ…。そりゃあ気になるけど、過去は過去だからね。今の洋介さんがいてくれるだけで充分だよ」  荻に限って二股をかけるようなことは無いだろう。互いに信用しているから、過去は気にしない。  奏がカウンターに身を乗り出す。 「アキ、もしかして…好きな人ができた?」  カチャン、とカップとソーサーが音を立てる。アキの顔は真っ赤だ。 「いや、その…好きになりかけてるというか…」  アキはうつむいた。しばらく考えた後、答えを出した。 「はい、多分…好きです」  いくら否定しようとも、消せない答え。アキは東郷が好きだ。  奏が穏やかに微笑む。 「何かひっかかるんだね。元恋人のこととか」  黙ってうなずき、アキはカップを口につける。 「僕のことが好きだって言っておきながら、ほかの人と関係を持ったりして…その、僕のこと、遊びなのかなって」 「難しい問題だねー…。俺は相手の人を知らないけど、アキと付き合うことになれば、その関係は清算してくれるんじゃないかな」  相手は奏のよく知る人だ。だが、なかなか東郷の名前は口にできない。須美と関係があったことも。  自動ドアが開いた。 「こんちは、奏さん! あ、アキちゃんもいたんだ」  入ってきたのはカズハだった。座ったままのアキを後ろから抱きしめる。 「アッキちゃ~ん、お久しぶりっ。また共演したいね」 「あ、はい、あのときはお世話になりました」  人目もはばからず、カズハはアキの耳元に唇を近づける。 「そんな水臭い言い方しないでよ。お互いの体、隅から隅まで知ってる仲じゃん」 「し、仕事だからでしょっ」  また真っ赤になったアキを見て、奏がにんまり笑う。 「アキの好きな人って、カズハ?」  その問いに、 「そうだよ、奏くん」 「違いますよっ」  二人の声が重なった。奏は交互に二人を見る。 「…いったい、どっち…?」  カズハは隣の席に座った。 「俺がアキちゃんにアプローチ中。でね、もう一人アキちゃん狙ってる人がいて」  とりあえず説明はカズハに任せ、アキは黙ってカフェモカを飲む。 「その人からアキちゃんを奪っちゃおうかなーってさ」  アキの髪が、優しく撫でられる。 「アキちゃんがいつまでも立ち止まったままなら、本当に俺がさらっちゃうよ」  奏が腰に手を当て、子供を叱るようにカズハに注意する。 「カズハ、相変わらずだな。アプローチって言ったって、どうせアキのことは本気じゃないんだろ。アキ、こいつには気をつけた方がいいよ。なんたって、浮気性だからな」  鋭い奏さん、とカズハがおどけて答える。 「うーん…確かに最初はね、アキちゃん真面目で可愛いし、ちょっかい出したときの反応が初々しくてたまんないから好きになって。ま、相手にしてもらえたら付き合っちゃおうかなー程度に考えてたんだけどね」  アキのことはそれほど本気ではなかった。そのことにアキは少し安心した。 「相手が店長でなけりゃ、ガンガンいってたよ」  東郷の名を出されて、ますますアキは言葉が出なくなる。奏の目が大きく見開かれた。 「アキの好きな人って…東郷さんだったのか。意外だな~」  二人の目線が痛いアキは、空になったカップを両手で包みこんで縮こまる。 「でしょ? で、アキちゃんと共演したときのこととか細かく報告して、店長煽ってんの。早く落とさないと、俺がアキちゃんメロメロにしますよって」  いつまでも平行線な二人にじれったくなり、カズハはわざと東郷を煽るような真似をしていた。その後、カップル喫茶での一件につながった。東郷からすれば、かなり焦っていたのだ。いつもはクールな顔しか見せないくせに。そんな可愛い面を知り、アキは思わず吹き出した。 「ありがとう、カズハさん」  礼を言われたカズハは、きょとんとしている。 「僕、やっと東郷さんが好きだって気づけた」  一応、カズハはふられた形になるが、元より本気でないため全く気にもせず、アキの肩をぽんと叩いた。 「じゃ、店長の胸に飛びこんでおいでよ」 「それが…引っかかってることがあって」  また、奏がカウンターに身を乗り出す。 「ちょっと待てよ、じゃあ東郷さんが以前の恋人とまだ切れてないってこと?! 東郷さんに限って、それはないと思うなあ」  カズハが目を丸くして、奏とアキを交互に見る。 「奏くん、店長ほかに好きな人いんの?」 「さっき、アキから聞いたんだ。アキのことを好きな人が、前の恋人と関係がまだあるかもしれないって」  カズハはアキに向き直る。 「アキちゃん、奏くんの言うとおり、店長は二股かけたりしない人だと思うよ。何かの間違いじゃないかな」 「そうだといいんですけど…」  アキの肩が、また叩かれた。今度は勢いよく。 「じゃあ、ほかの人にうつつを抜かせないほど、店長に余裕なんか持たせない作戦で行こう、うん!」  カズハは一人でうなずくと、ブレンドを注文した。 「どんな作戦なんですか?」 「イベントだよ、イベント。あ、アキちゃん時間大丈夫なら、打ち合わせしようよ。奏くん、ピザトースト二つ追加! 俺のおごりで!」

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