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42.告白
アキの唇が重なる。すぐに侵入してきた舌は、東郷の口の中を蠢いて犯す。リップのオプションはつけていないはずだ。いきなりのことで息をするのさえ忘れてしまい、アキが角度を変えた瞬間に、切ない声とともに止まっていた息をもらす。
「んっ、はあ…」
歯がぶつかる。唾液がもれそうになる。理性を失いそうなほど、激しいキス。しばらくしてアキが離れた。だが、もう一度近づく。唇が触れるギリギリの距離で、アキは至近距離にある目を見つめる。
「好きです、勝さん。愛してます。もう、あなたのことで胸の中がいっぱいです」
信じられない告白に、東郷は言葉を失った。まさかこの場で告白されるとは。
「アキ…!」
そうつぶやくだけで精一杯だった。“愛してる”の言葉の代わりに、今度は東郷の方から唇を重ねた。東郷の舌は長く、器用な動きをする。アキがサービスする側でありながら、仕事を忘れてしまう、そんなキスだ。長い長いキスの後、思い出したように東郷がアキの肩に両手を置き、離れさせた。
「今は仕事中だぞ」
仕事中に個人的な告白をして、ほかの客に聞かれてはまずい。至近距離でのささやきだが、マイクに音声を拾われては、ほかの客の気分がそがれてしまう。
だが、そんな東郷の心配をよそに、身を乗り出したアキが東郷の首筋にしがみつく。キス以上の接触も、リップオプションではタブーなはずなのに。
「ほかにお客さんはいませんよ」
「何…?」
意外なことばかり重なり、東郷は驚かされっぱなしだ。小さな笑い声を上げるアキは、イタズラが成功した子供のようだ。それはまさしく、“小悪魔アキ”。
「公式サイトには、“設備メンテナンスのため、本日は午後四時からの営業”と出てますよ」
東郷は知らなかった。三時と聞いて、営業はいつもどおり三時からだと思いこんでいた。
つまり、アキが東郷のために用意したサプライズだったのだ。東郷が来たとき、花森が個室の場所を電話で教えてくれた。この計画には花森も協力してくれて、今は受付で“ごめんなさい、今日は四時からの営業なの”と客に謝っている。
すべては『ノアール』でカズハが思いついた“イベント”だった。
「何でこんな手のこんだことをするんだ」
「だって、僕だけを見てほしかったから」
優しく叱るような言い方に、アキも上目使いで子供っぽく答える。
熱を持った手が、また東郷の頬を包む。その手に東郷の手が重なる。
「俺はアキしか眼中にない。いつでもお前だけを見ている」
アキはうつむいた。嬉しい言葉だったが、まだ心に引っかかっていることがある。
「この前、勝さんの車で…須美さんの煙草と…その、コンドームを見たから」
東郷は目を見開いた。アキは先を続ける。
「だから、二人が…僕の知らない間に、その…」
東郷から事実を聞くのは怖い。だが、奏もカズハも、東郷に限ってそれはないだろうと言ってくれた。できればアキも、東郷を信じたい。
「ああ、あれか。あれはあいつが勝手に俺の車に入れたんだ。ダッシュボードに煙草とコンドームがあったから問い詰めたら、白状しやがった」
イベントの打ち合わせでアキが本店に来ることが決まり、事前に隙を見て須美は東郷の車のキーを失敬し、助手席に煙草とコンドームの箱を置いた。それを東郷に気づかれる前にアキに見せるため、“先に車に乗って温めてやって”と提案したのだ。
「アキに焼き餅を妬かせるため、だと」
急に、アキの顔が真っ赤になる。須美はあのラーメン屋で話したとき、東郷とアキのことを何が何でもくっつけようとしたがっていた。店長とキャストという許されない間柄であったが、須美は賛成してくれていた。コンドームの一件で冷静さを失い、須美が応援していてくれたことを忘れて、つまらない嫉妬で醜い部分を見せてしまった。
「…それじゃあ僕は、須美さんの作戦にまんまと引っかかってしまった…ということですか」
アキの肩が落ちる。東郷は腕を組んで眉間にシワを寄せた。
「そうだ。おかげで俺は、カズハとのイチャイチャっぷりを見せられるハメになった」
「うわっ、ごめんなさいっ」
アキは申し訳なさいっぱいで、両手で顔を覆った。東郷が優しく髪を撫でる。
「須美もカズハも、アキのことを応援してくれたんだな。やり方は感心しないが」
喉を鳴らす笑い声は、どこか楽しそうだ。
「…本当にごめんなさい…。勝さんがほかの誰も目に入らないように、って必死で。それに、勝さんにはいつも驚かされたりしてたから、僕からもサプライズをって考えて…」
東郷がアキと共演すると申し出たとき、アキのショーにハンドのオプションで内緒で来ていたと知ったとき、二号店の店長に任命されたとき、カップル喫茶に連れて行かれたとき、いつでもアキは東郷に驚かされっぱなしだ。
優しく髪を撫でていた手が、乱暴にかき回す。
「もう気にするな。その代わり、営業が終わったら、俺の部屋に連れて行くからな。後で覚えとけ」
その東郷の脅しは、熱いキスとともにアキの胸に甘く広がっていった。
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