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2.輝き出した原石

 ゲイ専用のぞき部屋『X-ROOM(エックスルーム)』。ポールを中心に回転する円形の舞台で、一人もしくは二人のキャストが淫らな行為をするさまを、マジックミラー越しに客が鑑賞するシステムだ。ただののぞき部屋というだけではなく、ストリップのようなショーの要素が強い。  客用の個室はトイレほどの狭さで、一人掛けの椅子とティッシュにくずかご、壁には電話がある。  ゲイバーやゲイ専用ヘルスなど風俗店が並ぶこの繁華街で、『X-ROOM』は人気スポットだ。ヘルスに行くほど金が無い者でも楽しめ、オプションでは口淫はできないものの、キャストとの会話やリップ、ハンドサービスを受けることができる。オプションを申し込んだ際にもらうカードは、使わなければ後でオプション代を全額返金してくれる。初めての客などが、キャストが好みでなかった場合オプションをキャンセルできるようにと、良心的なシステムになっているのも人気の秘訣だ。  店長がルックスのいい者しか採用しないため、ゲイの男性はおろか、女性客もたまに来る。  中でも一番人気のキャストはアキという二十二歳の青年で、憂いを秘めたような物静かに見えるタイプだが、いざ舞台に上がると淫獣に変身する。もちろん演技なのだが、時折演技を越えたヒートアップで観客を釘付けにする。細めだが痩せすぎてはいずに、彫刻や絵のモデルにしたくなるような体つきだ。キャッチフレーズは“小悪魔アキ”。  そのアキが仕事を終え、着替えて事務所に来た。もう日付は変わっている時刻だ。ブラインドが下りた窓の前にデスクが二つ。そこにはワイシャツにネクタイという姿の店長・東郷勝(とうごう すぐる)と、同じくワイシャツだがネクタイをしていない須美英司(すみ えいじ)がいる。東郷は整髪料で髪をきちんと整え、少し浅黒く眉が太くきりりとした顔立ちだ。一方、須美はボサボサの茶髪で青白い顔に無精髭を生やしていて、おまけにヘビースモーカーでデスクが灰だらけだ。  こんな対照的な二人だが、この業界で古くから付き合いがあり、数年前に東郷が『X-ROOM』をオープンさせてからも、須美が受付兼店長代理を勤めている。 「アキちゃん、お疲れ~。はい、今日のギャラだよ」 「ありがとうございます」  アキは須美のデスクでオプションで回収したカードを渡し、トレーに乗った札を受け取り、いっしょに添えられた受領書にサインをする。アキというのは源氏名なので、サインには本名の“天坂達樹(あまさか たつき)”と記入する。  毎日数名のキャストが出演し、ギャラは日払いのため、現金を封筒には入れず裸の状態で渡される。風俗店は給料が日払いという所が多いため、体験入店で数日間だけ働く者もいる業界だ。そんな中でも、アキは高校を卒業した春に『X-ROOM』にやってきて、今年で丸四年になる。 「さっそく、ネットで感想が出ているぞ。今日のアキも最高だった、とな。“また、リップオプションお願いします”という人と、“今度はオプション頼みます”と書いてくれた人がいる」  東郷がモニターを見ながら嬉しそうに微笑む。 「本当ですか? よかったぁ」  素直に喜ぶさまは、先ほどまでの淫らさは微塵もなく、まさに好青年だ。  東郷は椅子の背もたれに体を預け、目を細めた。 「アキがここに来てから、もう四年になるな。早いもんだな」  傷んだ茶髪をかきながら、須美も懐かしそうに言う。 「俺とスグルちゃんでこの店立ち上げたのが二十八ん時でー…、そっか、その二年後にアキちゃんが来たから、そんなもんか。アキちゃん、最初のころはどうなることかと思ったけどねー」  アキは当時を思い出し、照れくさそうに苦笑した。 「ええ、給料の良さに惹かれて入ったけど、この業界をなめてた自分の甘さを思い知らされました」  応募の電話のときはたどたどしく、緊張気味に事務所のドアを叩いたアキ。まだ幼さが残る、少年と言ってもよさそうなその顔と、電話とはまるっきり違って面接でのハキハキとした受け答えを東郷が気に入り、採用された。本名の天坂達樹の最初と最後の文字を取り、源氏名をアキと名付けられた。  だが、この業界は顔と真面目さだけではやっていけない。始めは苦労の連続だった。  初舞台。先輩のショーも見学し、リハーサルも行った。紺色の浴衣をまとったアキは、ポールにしなだれかかり、股間に手を伸ばした。周りが鏡で恥ずかしい。自慰をするところを、自分で見なくてはいけない。それに、ただの鏡ではなく、その向こうには何人もの客がアキを見ている。こちらからは姿が見えないが、想像するだけで全身に鳥肌が立つ。  アキは今までノンケだった。ヘルスよりリスクが少なく、口下手なアキにはホストより楽だと考えたが、それが甘かった。  いくらサオを擦っても射精するどころか、勃起すらしない。恥ずかしがって秘部が客によく見えない。客からは“金を返せ”とクレームも来た。 「あの頃アキちゃんさー、初々しさが良かったから、俺もスグルちゃんも“これはイケる、ダイヤの原石が来た!”って思ったんだよね」  煙草のフィルターを噛みながら笑う須美に、アキは勘弁してくださいよ、と苦笑いする。 「とにかく、高収入が欲しかったんです。ここだと、その日に給料も入るし」  東郷がデスクに肘をつき、身を乗り出す。 「お母さんの具合はどうだ?」 「おかげさまで、今は週一の通院はしていますが、短時間のパートで働けるまで回復しました」  煙草を灰皿に押しつけ、須美は頬杖をつく。 「苦労してるよねーアキちゃん。妹さんが高校卒業したら、少しは楽になれるかな」  アキの父親は酷いアルコール中毒で、母親やアキ、妹にまで暴力を振るっていた。そんな父親から逃げるように離婚し、女手一つでアキと妹を養っていた。その母親が病気がちになり、アキは母親と妹を養うために風俗店で働くことを決意した。家族や周囲には、居酒屋の厨房で働いていると伝えてある。 「いえ、そうでもないですよ、須美さん。妹が高校を卒業したら児童扶養手当てが切れるので、収入が減るんです。医療費や保険料もまともに来るし、住民税も非課税ではなくなるし」  高卒で会社勤めをする妹には、大きな負担をさせたくない。アキはしばらくの間、この仕事を続けなければならない。 「でも、アキがここまで頑張ってくれるのは、(かなで)のおかげだな」  東郷が懐かしげに出した名前に、アキは一瞬表情を曇らせるが、また元の明るい笑顔に戻った。 「はい。キャストとして最低だった僕に手解きをしてくれた奏さんに、今でも恩を感じてます」  東郷は、真面目で真っ直ぐなアキを見捨てたくはなかった。当時一番人気だった、五歳年上の奏という先輩キャストと、アキを組ませて舞台に出させた。

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