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3.万華鏡で花は開く

 赤いピンスポットが当たる円形の部屋。横座りでしどけなく赤いガウンを肩からずらしたアキ。その後ろには、青いガウンで立つ長身の奏。奏は鼻筋が通っていて、整った顔立ちをしている。ショートのツーブロックの髪型は、面長の輪郭をキリリと引き立たせる。やや筋肉質な体、きめ細かい肌。ゲイの男性も女性も、この男と肌を重ねてみたいという欲望が湧き出るほどの色香を持つ。  奏がひざまずき、後ろからアキの胸元に手を這わせる。そっと突起を撫でているだけなのに、アキの心臓はうるさいほど鳴り響く。それは他人に触られる不快感と緊張からだと、アキは思いこんでいた。  やがて手はみぞおちを滑り、もう片方の手がガウンのヒモをほどく。奏の唇が、うなじを這う。ねっとりと舐めるのではなく、ほんの少しだけ舌を出して肌をくすぐる。いつしか、アキは声を上げていた。この鼓動の速さは、不快感や緊張ではない。  奏はアキの太腿を撫でる。もうそのころにはアキの体から余分な力が抜け、奏に半分身を預けていた。顎を捉える手は横を向かせる。奏の唇が重なる。男性と、初めてのキス。そっと入ってきた舌はアキの中をゆっくりと愛でるように動き回り、アキの舌を吸い上げる。アキも体を奏の方に向け、腰に手を回していた。 「あっ…!」  体の角度を変えたアキは、ガウンがはだけて硬く勃ち上がった中心を晒してしまった。今までのショーで、自分で擦っても半勃ちぐらいまでしかならなかったのに、奏の愛撫とキスだけで。しかも、性器のどこにも触れられていないのに。 恥ずかしくて、アキは膝を曲げて隠そうとした。それを奏の手が、太腿を押さえて制する。奏の唇がアキの耳に触れ、優しくささやく。 「大丈夫だよ、アキ。お客さんが喜ぶから、しっかり見せてあげて」  体の中心で大きくそそり立った肉茎が、優しく愛撫される。指でなぞり、手のひらで包み、くびれをギュッとつかまれる。 「ああ…んっ」  この声も、マイクを通して客に聞こえてしまう。だが、奏の手は休まない。その名の通り、アキを楽器として、いい音を奏でている。その最高の演奏は、鏡の向こうの客を興奮させる。  奏はアキを立たせ、ポールを挟んで両手を後ろ手に、ガウンのヒモで縛った。 「声…もっと…出して…いいから」  激しいキスの合間にそうささやき、奏はひざまずいてアキにフェラチオをした。口を上下させるだけでなく、舌で舐め回し、鈴口から溢れる粘液を吸い取る。 「あっ…ああっ…、奏さ…気持ち…いいっ!」  アキは仕事を忘れ、身悶えていた。元、ゲイ専用ヘルス出身だという奏の技は、ノンケのアキをも夢中にするほどだ。 アキはいつしか、腰を振っていた。ピンスポットは赤から白に変わる。それでもアキの白い肌は、ほんのり赤みがさしていた。 「もっと…、もっと、奏さん…」  額から流れる汗が目に入りそうになり、アキは顔を横に向ける。その様子が色っぽく、 鏡の向こうの客は自慰の手に力が入る。 「奏さん…お願い」  少し口調が変わり、奏は顔を上げる。見上げた目は優しく、まるで恋人に語りかけるように“何?”と首を傾げる。 「僕も奏さんのを…口でしたい」  奏は目を丸くした。だが、今は仕事中で周囲には客がいる。プレイの手を止めるわけにはいかない。奏は立ち上がり、キスをしながら腕の拘束をほどき、またキスの合間にささやく。明らかに打ち合わせと見えるやり取りでは、客が萎えてしまうからだ。 「無理しなくていいよ」 「無理じゃないです。僕が…したいんです」 「そう? じゃあ、苦しかったら手だけ動かして、くわえてるフリでもいいからね」  二人はシックスナインの形で横になった。  互いの屹立をくわえる。奏は慣れているため、すぐにアキが感じる部分を察知して、そこを攻めたてるが、アキは歯が当たらないようにするだけで精一杯だ。それでも、奏が自分の愛撫で勃起してくれている。それだけでアキは嬉しかった。仕事で、男性を愛撫しているのに、なぜ嬉しいんだろう。そんな疑問も頭の中から消えてしまうほど、アキは夢中になっていた。 「ああっ、出る、奏さん離してっ」  アキの言うとおりに顔を離したが、奏はそのまま手で擦り続け、アキの精液を顔に浴びた。恥ずかしさと済まなさで涙がにじんできたが、奏にとってはアクシデントではなく、演出なのだ。奏は恍惚の表情でその白い跡を指ですくい、自分の分身に塗りつけた。 「奏さんもイッて…」  自分自身の体液が潤滑剤というのは恥ずかしいが、自分が出したものをそうして使ってくれるのが嬉しくて、夢中で擦り続けた。 「うっ…、く…」  奏は腰を振り、眉を寄せて切ない表情を見せる。例えそれが演技でも、アキは嬉しかった。気持ちよくなければ、射精できない。アキは自分の腹に散った奏の精液を、いつまでも落としたくないといったふうに、余韻に浸っていた。  その日は大成功だった。ダイヤの原石は磨かれ、蕾は開花した。この日を境にアキの評判は良くなり、嫉妬するぐらい奏とお似合いだと謳われた。それ以来、奏が退店するまで、二人の共演が何度かあった。  須美は新しい煙草に火をつけ、煙を吐き出す。 「奏クン、才能あったのに残念だよねー。コーヒー豆に嫉妬するよ」 「じゃあ、須美が奏の店に通って、戻ってきてくれって頭を下げるか?」  そんな風に笑いながら冗談を言う東郷は、どこか複雑そうだった。長年働ける業界ではないが、人気がある奏が去ったのは惜しい。  奏はかねてからの夢だったコーヒー専門店を開くために、風俗店で働きながら貯金をしていた。半年前にオープンした奏の店は、繁華街の外れにある。小さくてカウンター席しか無い店だが、おいしいコーヒーとサンドイッチが評判だ。 アキは時々、奏の店で軽食を取ってから出勤する。 「…奏さんはもう、戻りませんよ。お店を一生懸命頑張ってますから。今が一番幸せなんだと思います」  寂しそうに笑うアキに何も言えず、東郷は思わず目を逸らした。この業界は、そういう所だ。去るもの追わず。復帰する者もいるが、大抵は店を転々とした後、年齢的に無理になって引退、つまり業界から“上がる”のだ。  九月も半ばだが、まだ夜は蒸し暑い。繁華街のネオンは夜を彩るが、そこを外れるとすっかり眠りについた闇の町だ。終電さえ無いこの時間、自転車をこいでアキは母親と妹が待つ団地に帰るのだった。

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