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6.万華鏡の思い出

 暗めのライトが灯る。スツールに腰掛けたアキは、真っ黒のバスローブ姿だ。奏の店『ノアール』を意味する黒。シャワーを浴びた後、好きな人を思って自慰をするシチュエーションだ。  音楽が鳴り、立ち上がったアキはバスローブの合わせから手を入れる。この手が奏の手ならば。こんなふうに、いやらしく乳首を触ってくれたなら。 「あっ…」  マイクを通して、鏡の向こうにアキの切ない声が漏れる。回転する部屋の周りの鏡は、黒いバスローブを映し出す。バスローブの肩をずらすと、乳首があらわになった。すでに興奮した指が、ほんのり赤い果実を胸にぷっくりと実らせた。手は、それだけでは物足りない。今度は太ももを撫でる。焦らさないで、奏さん。その奥に触れて――  アキはバスローブのヒモをほどき、袖を抜く。しかしまだ、黒いバスローブはアキの肌にまとわりついている。完全にはだけてしまう寸前に、アキは金色のポールにしがみついた。股間を押しつけ、上下に擦る。息が上がってきた。見えそうで見えないアキの股間。客は鏡の向こうから目を見張って、アキの陰部を覗こうとする。  音量が上がり、部屋が明るい照明に照らされ、アキは片手でポールにつかまり大きくのけぞった。  バスローブがするりと床に落ちる。万華鏡が映すのは、開かれた宝石箱の中から飛び出した真珠の肌。堅くそそり勃つ宝を目にした客たちは、一斉に自慰を始める。  アキはスツールを開けた。中から出したのは、コードレスタイプのピンクローター。うっとりした目で、繭型の挿入部分を舐める。その舌の動きはまるで、愛しい人を愛撫しているようだ。スツールの中にはローションもある。手のひらにたっぷり取り、ローターに塗りこめる。  部屋の回転が止まった。オプションタイムが始まる。  アキがスイッチを入れると、鏡の一つが下半分だけ開く。アキは尻を向け、ローターを挿入する。すっぽり中に収まり、ほんのり赤い菊門から紐だけが覗いている。コントローラーを客に渡した。 「ねえ、それで僕をいじめてみて?」  客はダイヤルを回す。バイブ音がして、アキの背中が大きくのけぞる。 「ああんっ!」  ダイヤルを右に回すと、徐々にバイブ音が大きくなる。アキは床に伏せて、尻を突き上げた。赤く色づいた蕾から覗くピンクの花心は、微かに震えている。 「ああっ…、ひぃっ…」 (奏さん…!)  奏との共演で、ピンクローターを使ったときのことを思い出した。二人ともローターを挿入し、あお向けに寝た奏の上に覆いかぶさり、男根を擦りつけ合った。  事前にリハーサルしたときには少し抵抗があったものの、本番では奏のテクニックのおかげで良いショーになった。途中まで演技だったはずのアキは、終盤では涙を流すほど体中が喜びに満ちていた。  ダイヤルは最大になる。バイブレーションのうなり声が、アキを苛む。 「あっ…! ああーっ! すごくいいっ」  アキは中心を擦り始めた。あのとき擦りつけ合った、奏の硬さを思い出して。意外にも、包茎手術の跡があった。黒ずんでいなくて、勃起したときは真っ直ぐにピンと伸びて。客によく見えるようにと、常にカットして手入れしていた陰毛もきれいだった。  それを思い出していると、客がダイヤルを回してローターを止めた。 「い…いやっ、もっと…」  アキは涙目で鏡を振り返る。そこに映るのは、少し赤らめた真珠の肌、輝く目に水晶の涙を浮かべた、万華鏡を彩る宝石だ。その向こうからは、野獣のように鼻息を荒くした客が見ている。アキを焦らし、より淫らな姿を見ようとしている。 「お願い…僕をいじめて…」  先端からは雫が垂れる。それは、アキの涙そのものだった。アキは尻を鏡に向け、何度も懇願する。  客がダイヤルを回した。 「あぁんっ!」  突然来た刺激に、アキは両手をついて背中をのけぞらせる。客は何度もダイヤルを最大にしたり消したりを繰り返す。  このようなプレイを体験できるところが、インターネットでの覗き部屋とは違うところだ。己の手で乱れさせては、その変貌を見届けられる。ボディタッチやキスのサービスもある。ヘルスより格安で楽しめるところが受けている。 「ありがと…最高だったよ」  振り向いたアキは、客からコントローラーを両手で受け取り、客の手ごと強く握る。アキのカウパー腺液のついた手でする自慰は、さぞかし気持ちいいことだろう。  アキは別の鏡の、下半分を開けた。常連客だ。少し反った形状と、シミのようなホクロ。記憶に残るほど、アキのオプションを何度も受けている。  手を伸ばすと、いつもの濡れた感触。弾力のある先端を撫で、両手でサオを擦る。それはマッサージかエステのようで、時折変化をつけてソフトに触れる。そのフェザータッチの手つきは、夢見心地にしてくれる。  奏がそうしてくれた。無理やり勃たせて早く射精を促すのではなく、時間いっぱいを使って、萎えさせずに絶頂に導く。奏がヘルス時代に培った技だ。  相手の顔は見えないが、アキは鏡に顔を近づける。鏡に唇が触れる。心の中で“奏さん”と唱えながら。  客の腰が浮いた。ガラス越しにキスをしているのだろう。届かなくても、アキがキスをしてくれている。その気持ちが嬉しい。  鏡を閉めると、今度は会話のオプションだ。 「ねえ…、今日は僕、おかしいんだ…誰かに思い切り愛してほしい…」  《俺が愛してやるよ》  受話器から聞こえるのは、いつものかすれた声。オプションをつける客は何人もいるが、必ず会話を申しこむ常連客だ。  客側の声は受話器を通してアキにしか聞こえないが、アキの言葉は天井のマイクで全個室に聞こえる。  ポールにもたれかかり、足を投げ出して床に座ったアキは、流し目を電話の主に向ける。 「あなたがこうして擦ってくれてるって想像しただけで…ほら、もうこんなに濡れて」  《あ…俺も…アキを犯してるとこ…想像してる…》 「それって…ここに挿れてくれるってこと?」  アキは腰を浮かし、指で菊門を広げた。ローターで熟成されたそこは、味わってくれる誰かを待ちわびている。  《ああ…アキ…もっと見せて…》  電話の主に向かい、アキは四つん這いで尻を突き出した。万華鏡の一片は、赤い蕾を映し出す。手を当て、指で押し広げる。赤い蕾に白い蝶が止まる瞬間さながらに。開花を待ちきれない蝶は、蕾を開かせる。万華鏡の世界では、花も蝶も宝石も、媚薬にまみれて淫らになる。 「いやっ…、そんなエッチな目で見られたら、僕イッちゃうからぁ…」  奏に見られた秘部を。自分でも見られないそこを、奏は舐めてくれた。アナルバイブがうまく入らず、奏が舐めてほぐしてくれた。それを思い出しただけで、袋はまるで丸い果実みたいに硬く上がる。  《イッてくれよ。俺も…もう、出そ…!》  男の荒い息が、しばらくして静まった。 「また、僕とエッチな話しようね」  通話口にキスをすると受話器を置き、別の鏡の上半分を開けた。先日、アキを襲った男とは違う、別の客だ。その客がキスのオプションを申し込んでいる。 「んっ…ん、は…ぁ」  舌を絡め合い、歯で口内をまさぐる。奏はキスがうまかった。外国のゲイビデオで研究したという。奏のキスだけで、アキは勃起してしまう。いつか自分もうまくなれば、奏をキスだけで勃起させられるかなと思った矢先、奏は退店してしまった。  第二の人生、笑顔で見送らなければならない。最後の日、笑って“お世話になりました”と握手を交わしたが、一人になったときに涙が止まらなかった。  アキはキスに集中する。もう、奏とはキスができない。目の前の客が奏なら――自分はこんなキスをしてあげる。 「目を…開けて」  客が目を開けた。お互い至近距離で見つめ合ってのキス。これをしてみたかった。間近で奏を感じたい。  全てのオプションが終わり、部屋は再び回転する。スツールに手をつき、ローターをアヌスに挿入し、高く尻を上げた。ダイヤルは最大で、高速で震えるローターが、アキを鳴かせる。 「あっ、ああーっ! も…もう…イクッ」  アキは夢中で擦る。体を少し傾け、鏡の向こうの全ての人に、この恥ずかしい自慰が見えるように。本当に見てほしい人には見てもらえない。万華鏡は、様々な姿を瞬間的に映し出す。だが、その心の奥底までは映さない。奏の名を心で叫びながら、アキは床の上に射精した。

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