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8.血に染まるワイン

 静かに音楽が流れる。ライトが灯され、部屋は回転し始めた。ワイン色のサテン地のガウンをまとったアキは、ポールにつかまって立っている。腰を落とし、またゆっくりと立ち上がる。それに合わせ、手はポールを撫でている。そのなまめかしい手つきにくわえ、トロンとした流し目を鏡に向け、思わせぶりに唇を舐める。鏡に映った上下するワインレッドのガウンは、さながらグラスで揺れる赤ワイン。その極上のワインは、今夜はどれだけ客を酔わせるのか。  いきなりガウンの股間部分をはだけるが、手で覆い隠している。その手の中で、やがて熱く脈打つことになる秘部は、柔らかな愛撫で育ち始めている。  ガウンのヒモをほどくと、肩肌を脱いでポールにしなだれかかった。手はポールをすべり落ち、アキは床に寝転んだ。床に赤ワインがこぼれたような、なめらかな動きだ。  今夜もアキのショーは満席だ。出演回数が増えたが、毎回見るたびに違うプレイを見せるアキのショーは、回すたびに模様が変わる万華鏡で、二度と同じものを見られない。時間と財布が許す限り、客は足を運び続ける。  オプションタイムが終了した後、今回はオナホールを使った。さすがに何度も自慰をしていては、少しぐらいの刺激では勃たなくなる。オナホールの柔らかい感触は手で擦るよりも皮膚に優しく、違った感触はいい刺激になる。  アキはガウンの前を全開にし、あお向けでオナホールを被せ、強弱をつけて揉みながら上下にしごいた。 「あっ…あぁん…」  足を大きく広げ、後ろの門を見せる。こうすれば、中心がオナホールで隠れても、客に充分なサービスができる。  アキがオナホールを使ったのには理由があった。連日何度もショーに出て、勃ち具合が悪くなってきた。オナホールに包めば、ある程度誤魔化せる上に、中に仕込んだスポイトで射精までしたように見せかけられる。  少し勃起しかけたが萎えてきた。だが、そこは顔に出さずガウンを脱ぎ、四つん這いになる。そばにあった細いアナルバイブのスイッチを入れた。細かく震えるそれを、菊門に突き刺す。感じる所をバイブが突けば、勃起するはず。  しかし予想に反して、普段と変わらない大きさに縮んでしまう。アキは恍惚の表情を浮かべてはいるものの、内心では焦っていた。  ここでもない、ここでも……!  アナルバイブは、勃起するポイントを探る。アナルセックスの経験が無いアキでも慣れれば無理なく挿入できる、初心者向けだ。しかし、動かし方がよくなかったのか、アキは鋭い痛みを感じた。 「あうっ」  アキの額に汗が流れる。今の声はまずかったのではないか。喘ぎ声に聞こえなかったかもしれない。とりあえず、アナルバイブを挿入したままオナホールを強くつかみ、自慰に集中しようとした。  そして、自分の手を見て驚く。血がついていた。度を超した愛撫は、傷をつけてしまったようだ。  とっさにアキはあお向けになる。ガウンが赤いから、血を隠せるかもしれない。  そしてそのままオナホールを使い、スポイトで偽の精液を噴射させた。勢いは足りないが、それでも射精したように見える。あとはアキの演技次第だ。 「あっ…はあ…」  とろけそうな表情で、肌に散った白い乳酸菌飲料を舐め、乳首に擦りつける。唇を舐め、余韻にひたりながら、ライトが落ちるまでオナホールごといじり続けた。  そんな可愛いアキの姿に客は満足だが、ただ一人、アキが出血したのを見逃さなかった客がいた。 (アキ…大丈夫なのか…)  ハンドサービスのオプションを申し込む常連だ。彼も射精はできなかった。彼はライトが落ちるよりも早く、個室を出た。つらそうなアキの姿は見ていられなかった。 「お疲れ様です」  着替えを終えて事務所に来たアキの姿を見て、須美がいつものように、トレーにギャラと受領書を乗せた。 「アキちゃん、大丈夫?」  サインをしながら、アキは笑顔で聞く。 「え? 何がですか?」  隣のデスクから、東郷が鋭く言い放つ。 「さっきの舞台で出血しただろう」  アキの手が、びくりと震えた。 「どうして…まさか、ビデオに…」  舞台の様子は、天井から防犯カメラが記録している。キャストに異変があったり、客がキャストの体や服を引っ張る、物を投げるなどの行為があるかをいち早く見つけるためだ。 「アキ、明日から休め。傷が治れば出勤してもいい」 「でも、店長――」  東郷はデスクを叩いて立ち上がった。 「これは命令だ! 傷物を客の前に出すわけにはいかない!」  アキはそれ以上、何も言えなかった。このまま連続で仕事を続ければ、体が持たないのはわかりきっている。 「…すみません、シフト増やしてもらったのに…」  ギシリ、とキャスター付きの椅子に東郷が腰掛ける。 「傷が治れば、またいつでも出ればいい」  深く頭を下げ、アキが事務所を出ると、東郷は大きくため息をついた。 「スグルちゃ~ん、後悔するなら、もっと優しい言い方してあげなよ」  須美の言うとおりだった。少しきつく言い過ぎたと、東郷は後悔していた。 「俺は人に優しくするのが苦手だ」  フィルターを噛み、須美が笑う。 「優しさを表に出すのが、でしょ」  何でもお見通しの須美に、東郷は言い返せなかった。今はただ、アキの回復を祈るばかりだった。

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