11 / 46

11.開かぬ花

 赤い肌襦袢に、ピンクのスポットライトが当たる。ゆっくり回転する部屋の中で、アキは肩肌を脱ぐ。エロティックに指をくわえ、濡れた指を乳首に当てる。 「あっ…」  アキは乳首を強く引っ張った。誰かに強く吸われているところを想像して、アキの声はだんだん大きくなる。その誰かは、言うまでもなく―― (奏さん…)  脳内で、封印しようとした名前が駆けめぐる。もう、奏のことは諦めなくてはならない。今は仕事に集中するべきだ。  アキはあお向けに寝た。襦袢のヒモをほどき、手で股間を覆う。膝を立てると、小さめの尻が見える。その奥を早く見たい、万華鏡の向こうは欲望であふれたいくつもの目が、アキを凝視していた。  両手を使って股間をもむ。指の隙間から見える陰毛、まだ柔らかなままの茎、その下で実りを待ち続ける袋状の果実。アキが開花するのを、客は待ちわびている。 「んっ…」  切ない声とは裏腹に、一向に勃起しない。久しぶりの舞台での緊張だろうか。しかし、四年の経験は伊達ではない。たとえ勃起しなくても、アヌスを見せればいい。アナルオナニーで刺激すれば勃つだろう。  アキは襦袢を脱ぎ捨て、ポールにつかまると、尻を突き出した。指で押し広げて見せて、音楽に合わせてなまめかしく尻を振る。  ピンクローターを挿入した。ダイヤルを回すと、振動が体内に伝わる。 「あ…あっ」  最大限の振動で内壁をいじめても、アキは勃起しない。この間の傷を思い出し、体が恐れているのか。 「うっ…、くっ…!」  その激しい息遣いを快感であるかのように見せかけ、アキは必死でペニスを擦った。奏でへの想いは諦める。だが、今は思い出にすがって助けを求めたい。奏の手を思い出し、こんなふうに触ってくれた、ともう薄れかけている感触を蘇らせる。  それでもアキは勃起しない。オプションタイムはいつも通りこなせたが、最後まで勃起せずに終わってしまった。 「申し訳ありませんでした」  アキは事務所で深々と頭を下げる。 「アキちゃん、疲れが出たかもね~…。こういうときは焦らず自然体でいる方が、ある日突然治ったりするもんだよ」  須美はいつものようにフィルターを噛みながらにっこり笑い、慰めてくれる。  一方、東郷は難しい顔でパソコンを操作している。アキはそれ以上、言い訳をすることもできず、黙りこくってしまった。  しばらく沈黙が続く。やがて東郷が腕を組み、アキの方を向いた。 「アキ」  アキが顔を上げた。 「カズハとペアを組まないか?」 「カズハさんと…?」  東郷が再びパソコン画面に目を向ける。画面には、公開していない従業員の機密データ、本名や住所、職歴などが表示されている。キャストの一人、カズハの資料が出ていた。 「カズハは以前、テレクラのサクラの経験がある。あいつは演技力がある」  カズハはアキに継ぐナンバーツーのキャストだ。細身で儚い美形タイプだが、舞台に上がるとアキ同様、淫靡な面を見せる。公式サイトに出ているキャッチフレーズは、“淫らな天使”。 「二人で組んで、SMっぽいショーにするんだ。アキがS役だ」  SM――アキにはほかに風俗の経験はなく、プライベートでもSMプレイなどしたことがない。固まったようにその場に立ち尽くすアキに、東郷は柔らかい口調になった。 「SMといっても、ハードなものはしない。そういうのが好みの客は、始めからSMクラブに行く。うちでそこまでのプレイをすると、逆に客は引いてしまうからな。主に緩い拘束や言葉攻めの、ソフトSMだ」  ハードSMは、客によっては引いてしまう。自分でもこれなら取り入れていいだろうか、という程度の許容範囲内のプレイならば、またいつもと違った趣向で、いい刺激になる。 「なぜSMショーかというと、アキが例え勃起しなくてもM役のカズハが盛り上げてくれる。お前はただ、カズハをいじめるだけでいいんだ」 「本当に…僕が勃たなくても、ショーはうまくいきますか?」 「S側も勃起して、射精までしてほしい。だが最悪、アキがダメでもカズハの盛り上げ方次第で成功する」  東郷の言葉に、緊張気味だったアキの表情が少し緩んだ。だが―― 「実はSMプレイで、難しいのはSの方なんだ」  東郷は説明した。Sが主導権を握り、Mをいじめて快感を与えなくてはならない。拘束してウィッピングやスパンキング、言葉攻めをしながらイラマチオ、といったふうに頭でシナリオを組み立て、次々にショーを繰り広げなくてはならない。特に、元々サディストの気が無い者では、ネタ切れをして立ち止まってしまう。身体的につらいのはM側だが、Sの言うとおりにしていればいい分、考える必要はない。逆にSは身体的より、精神的にやられる場合がある。 「アキがいかにうまくショーを運ぶかが決め手になる。シナリオはこっちで考えるから、アキはそれを覚えろ」  いきなりハードルが高い任務を言い渡され、アキの背筋に緊張感が走る。“アキとカズハのソフトSMショー開催予定”、と須美はさっそく『X-ROOM』のサイトで宣伝した。

ともだちにシェアしよう!