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17.東郷の部屋へ
犬は口の端からミルクを垂らす。それでもアキをくわえたまま。丁寧に舐めて掃除をする。もうミルクは出ないのに、飢えた犬は長い間しゃぶり続ける。
「上出来だよ、犬」
アキが体を起こす。今度は東郷があお向けになり、アキは手のひらにローションを垂らした。
「ほら、お前が欲しがってた、いやらしいご褒美だよ」
アキはローションをまとった手で、東郷の硬い幹を擦った。ぬるりとすべる手は、グチュグチュと音を立て、東郷を刺激する。
“あんな風に、アキに擦られてみたい”
そう思った客は、次にハンドサービスのオプションを申し込む。小悪魔アキは、そんな先を予感してか、時々鏡の方に流し目を送る。どす黒く美しい万華鏡は、小悪魔の媚薬に満ちた幻想郷だ。
「うっ、くっ…!」
激しく擦らず、両手でローションを塗りこんでマッサージするようなその手つきは、まるでエステだ。根元から先端へ上ると、手のひらで愛撫し、螺旋を描いて根元に戻る。袋を持ち上げて優しく揉んだ後、中指でその下を伝い、菊門に指を入れて刺激する。その手つきは性感マッサージだ。奏と共演したときに教えてもらった。
鞭の後に、たっぷりの蜜をまとった飴。鏡の向こうの客たちには、生唾を飲むほどのご馳走だ。
「うあっ…、も…イク…!」
東郷が激しく腰を振る。勢いよく精液が飛び出し、腹の上に落ちる。最後の一滴が垂れた後、アキは舌を出し、先端を丁寧に舐める。リハーサルでは無かったアドリブに東郷は一瞬、動揺した表情を見せた。動揺を隠すため、東郷は片手で自分の顔を覆う。
「んう…」
顔の角度を変え、どの面の客にも見えるようアピールする。一度離した唇を、もう一度鈴口に触れさせる。室内にちゅっと音が響く。客たちは一斉に思う。自分もお掃除フェラをしてほしい。アキの小悪魔な目線は、鏡の向こうにも射精を促す。
黒に彩られた濃厚な万華鏡は、最後に甘ったるく飾られた。回るたびに模様を変える万華鏡。今日も夢を見せ終えて、不夜城の灯りが消える。
シャワーを浴びて着替えを終えたアキは、複雑な表情だ。ショーが成功したのに、どうしても心に引っかかることがある。
なるべくこのまま東郷に会わず帰りたいが、今日のギャラをもらって挨拶しなければならない。
髪を乾かしてから帰り支度を済ませ、アキはロッカーにもたれてため息をついた。
不意に、ノックの音がした。アキが“はい”と短く返事をすると、東郷が更衣室に入ってきた。
「お疲れ。もう事務処理は須美が終わらせたから、先に帰ってもらった」
手には今日のギャラと受領書。アキはギャラを受け取り、受領書にサインをした。
「お疲れ様です、今日は本当にありがとうございました」
丁寧な礼だが、表情はやはり浮かない。態度もなんとなく事務的だ。失礼します、と更衣室を出ようとしたアキの腕が、東郷に取られた。
「明日は俺もアキも休みだ。うちで飯でも食うか」
「いえ、ご迷惑になりますし、第一自転車が…」
「迷惑なんかじゃない。冷凍のパスタなんかがうちに余っているから、片付けるのを手伝ってほしい。自転車なら、俺の車に積めばいい」
東郷は手を離してくれない。本来ならパワハラに相当するかもしれないが、重圧的な態度からというより、何かすがろうとしている気がした。腕を振りほどけず、アキは無理に笑顔を作った。
「でも、僕が店長の家に行ったりして、もしもキャストの誰かに見られたら、依怙贔屓だって怒られますよ」
「俺が文句を言わせない」
先ほどの従順な奴隷とは正反対の、いつもの自信に満ちた東郷だ。一言も命令されてはいないのに、逆らえない感じがする。
「次の打ち合わせもある。いいから何も気にするな」
そのまま腕を引っ張られビルを出ると、アキは黒いステーションワゴンの助手席に座らされた。アキが“自転車”と言おうとすると、東郷はすでにビル横の駐輪スペースに向かい、戻ってきたときには自転車を担いでいた。バックドアを開けて自転車を後ろに積むと、東郷は運転席に座った。
深夜でほとんどの店が閉まった通りを、東郷の車が進む。明け方まで開いている風俗店やカラオケ、居酒屋、ファミレスやコンビニ。所々明かりが灯る。初めての助手席に落ち着かず、アキはたどたどしく口を開いた。
「…あの、すみません。いろいろとご面倒かけて…」
「お前には無理をさせている。たまには俺に労わせてくれ」
それきり黙ったまま、車は東郷が住むマンションに着いた。入り口はオートロックで、かなり大きいマンションのように思えるが、郵便受けの数からして部屋数はあまり多くない。東郷の話では、最上階はメゾネットになっているそうだ。観葉植物が置かれた、落ち着いた雰囲気のエントランスを通り、エレベーターホールへ。アキの団地には階段しかなく、なんとなく高級マンションは緊張してしまう。その緊張気味のまま、東郷の部屋の前まで来た。東郷はポケットからカードキーを出すとドアを開けた。
「さあ、どうぞ」
アキを誘ったときの強引さはなく、紳士的に客を招いている態度だった。一歩足を踏み入れると、上品なルームフレグランスが香る。
(ここが、店長の部屋――)
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