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18.ウィキッド・ドッグ

 広いリビングには大画面のテレビとソファーがある。キッチンやダイニングと一体化しているが、ダイニングテーブルが無い分、余計に広く感じる。  シャツとネクタイ、という姿からスウェットの部屋着に着替えた東郷は、パスタやグラタン、フライドチキンなどが乗ったワゴンを押してきた。低めのワゴンで、ソファーに座ったとき、テーブルとして使える高さだ。  ワゴンの脇のラックには、ボトルが三本入っている。 「冷凍だが、有名店の物だから美味いぞ。ワインが赤、白、スパークリングがあるが、どれがいい?」 「あ、いえ、その…」 「酒は飲めなかったか?」 「いいえ、帰りに自転車に乗れなくなりますから」  東郷は白ワインを開けた。 「うちに泊まればいい。このソファーは背もたれを倒すと、ベッドになる」 「いいえ、そんな! ご迷惑になりますから」 「遠慮するな。これから飯食ってのんびりしてたら、明け方になるぞ。自転車で帰るのはつらいだろう」  小皿にトマトソースのパスタ、エビグラタン、フライドチキンを盛り、東郷はアキに渡した。まずはパスタを口に入れてみた。確かに、冷凍とは思えないうまさだ。 「…おいしい…」 「だろう? 帰りがこんな時間だからな。外食できる所が限られる。だからこういう飯ばかりなんだ」  東郷はグラタンをつまみに、白ワインを飲む。  雑談しているうちに、店でしか知らない東郷のプライベートな部分が見えて、アキの緊張は解けていった。東郷も、一人で食べる味気ない食事とは違うため、いつもより饒舌だ。皿がほとんど空になるころには、ワインが入っているせいもあり、東郷の表情には普段の硬さはなかった。 「お前はアドリブが利くんだな。今日のラストは少し驚いたぞ」  ラストとは、リハーサルでは無かったアキのお掃除フェラだ。アキも、はなからするつもりではなかった。 「あれは、その…僕の方が手持ち無沙汰になって、ライトはまだついているから、ぼんやりしていてもしょうがないって…」  アキが数年の間に培ったプロ根性だ。東郷は嬉しそうに目を細める。目尻の辺りが、ほんのり赤い。 「それでも、俺が内心焦るぐらいだった」  アキの肩がびくりと震えた。東郷の焦り、それを意味するところは―― 「アキ、明後日も俺と組め」  提案、ではなく命令だ。断る余地がない。アキは少しの間ためらった後、“はい”と小さく答えた。 「次のシナリオだが、ちょうどいい資料がある」  東郷はテレビの下からディスクを出す。それをプレイヤーにセットした。映し出された映像は、ゲイのアダルトビデオだった。  二人のキスシーンが始まると、アキは思わず目を背けてしまった。仕事で似たようなことをしているが、ゲイのアダルトビデオを見るのは初めてで、なんとなく恥ずかしい。 「こういうのは、シナリオ作りの参考になるからな」  東郷はコントローラーを持ち、映像を早送りしながら、事務的に話す。 『X-ROOM』は単なる覗き部屋とは違い、ストリップなどのようなショーを主体としている。内容はキャストに任せるが、マンネリ化してしまうこともある。新たな提案として、アダルトビデオを参考に、東郷が大ざっぱにシナリオを用意することがある。  ビデオの内容は、小柄な青年が筋肉質な男にじゃれて甘えているが、小柄な青年は、次第に相手の肩や胸、首筋を噛んで歯形をつける。内腿や尻に強く吸いつき、キスマークをつける。  筋肉質な男は、手首を拘束された。自由がきかない体を、小柄な青年が舐めまわす。  タイトルは『ウィキッド・ドッグ』、いたずらな犬だ。じゃれつく子犬そのもののプレイだが、袋を軽く噛み、声を上げると“お仕置きだよ”と、尻にスパンキングをする。犬が飼い主を逆に調教する、そんなソフトSMだ。 「アキが俺の体を噛んだり、キスマークをつければいい。加減が難しいかもしれんが、気にするな。俺が声を上げたら、ああいうふうにスパンキングをすればいい。噛んで痛くなった部分を休めさせるためにな」 「あ、あの、僕…キスマークのつけ方がわかりません」  東郷はスウェットの袖をまくり、腕を差し出す。皮膚の薄い内側を上に向けている。皮膚が薄い方が、つきやすいからだ。 「唇をすぼめて思い切り吸いつけばいい。唇と肌を舐めて濡らせば、密着してつけやすい」  東郷の腕を目の前に出されても、アキにはできない。唇どころか手を添えるのも、ためらわれる。  戸惑うアキの袖を、東郷がめくった。 「あっ、何…」  アキの白い腕を取り、東郷が吸いついた。強く吸われているが、さほど痛くない。小刻みに動く唇が離れると、そこには赤い小さな点があった。 「キスマークは蒸しタオルを当てればおさまる。躊躇せずにつけてみろ」  アキは東郷の腕を取るものの、なかなか口をつけられない。テレビからは演技がかった嬌声が聞こえてくる。 「あ、あの、キスマークじゃ個室から見えにくいだろうし…、舐めると噛むだけでもいいと思います」 「そうか」  東郷は袖をなおした。ホッと胸をなで下ろすが、映像はアナルセックスに変わっていて、直視できない。 「フィニッシュは素股だ。お前がタチ役になれ」  真顔で言う東郷に、アキも何とか平静を装って返事をする。 「S側は主導権を握る上、台詞も多い。俺が何個か用意してやるから、明後日までにできるだけ覚えろ」  東郷の手が、アキの太腿の上に乗る。その手はアルコールのせいで熱い。 「今から試しにやってみるか?」

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