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19.想い

 アキの頬が一気に赤くなる。恋人でもない東郷と、仕事以外であのアダルトビデオのようなプレイをするというのか。 「す、すみませんっ。仕事以外では無理です」 「じゃあ、服を着た状態でいい」  東郷はアキの背中に手を回し、自分の方に抱き寄せた。そのままソファーに倒れこみ、アキが東郷を押し倒す形になった。  アキの頭を抱き寄せた東郷は、耳元でささやく。 「最初は台詞なんか無くていい。適当に体を舐め回してろ」  アルコールの混じる吐息は熱く、そして荒い。返事に窮したアキの腰に手を回し、力強く引きつける。 「動きに困ったら、股間どうしを擦りつけるんだ」  アキの尻を押さえ、東郷は腰を揺らす。  東郷の穿いているものは、スウェットだから薄い。形がはっきりわかる。さらに擦りつけているせいか、少し硬さを持ち始めた。  アキはソファーに手をつき、全力で体を起こす。だが、東郷が腰を強く引き寄せるせいで、依然アキが押し倒している形だ。  下から切ない目で、東郷がアキを見つめる。 「アキ…、俺はアキを――」 「その先は言わないでください!」  突然の大声に、東郷は口をつぐんでしまった。 「…店長が僕のショーに…ハンドのオプションで時々見に来ている理由だとしたら…、言わないでください」  東郷は目を見開いた。まるで酔いが覚めたようだ。 「…俺だと気づいてたのか…」  東郷の手が緩んだ。アキが体を起こしてソファーの端に座ると、東郷も体を起こす。 「今日、気づきました。何回も見てるから、形や太さ、反り方…同じ位置にホクロがあるんだし」  人それぞれ、見た目が違う。握ったときに太さが違う。アキは何度も舞台でハンドのオプションをするうちに、ペニスの形で同じ客を見分けるようになった。東郷はサオの部分に、シミに似たホクロがある。それを共演したときに気づいた。 「ホクロか…まいったな…。アキはそういうところもプロだな。スラックスは穿き替えてたから、気づかれないと思ってた」  アキのショーがあり、須美が出勤している日は、東郷は客として個室に紛れていた。もちろん、須美は知っていたし、オプション代を含む料金も東郷は自腹で払っていた。  その理由は子供じみているが、アキを好きになったから。リップでは顔を見られ、会話では声でわかってしまう。そのため、わざわざスラックスを穿き替えて、アキにハンドサービスをしてもらっていた。 「馬鹿みたいだな、俺は」  ため息をつき、力無く笑う。落とした肩がやけに情けなく見える。いつもは肩を張り、堂々としている東郷なのに。 「いえ、あの…。今は…失恋したってこともあるし…」  失恋で心に傷を負い、今はそれを修復しているところだ。簡単にほかの人は埋まらない。 「もし店長と僕が付き合ったりしたら、それこそキャスト達の間で、僕が吊し上げられますよ」  風俗店では基本的に店のスタッフと、接客担当の従業員は恋愛禁止だ。付き合っているから客をつけてもらえる、給料を多くもらえると誤解をされるからだ。 「…そうだな…」  アキの胸が痛む。好きな人に手が届かない。そんな苦しみを味わったばかりだ。東郷の落胆ぶりが、アキには痛いほどわかる。 「あの、店長…僕、帰ります。ごちそうさまでした」  頭を下げ、上着とバッグをつかむと、アキは部屋を出ようとした。東郷が素早くドアの前に立つ。 「店長、僕は…」 「ああ、わかっている。車に自転車を積んだままだからな、出してやる」  てっきり東郷が帰してくれないのだろうと勘違いしたアキは、赤面して“すみません”と謝った。  東郷が不敵な笑みで見下ろす。 「さっきのお前の返事では、俺のことを一言も“嫌だ”とは言わなかったからな。脈ありと考えていいか?」  アキはさらに耳まで赤くなる。 「それは、その…わかりません」  その“わからない”という答えも、百パーセント断ってはいない、ということにアキは気づいていない。  東郷に自転車を出してもらい帰路についたアキだが、いっしょに食事をして、仕事以外で体に触れられ、という出来事ばかりが頭の中を駆け巡っていた。  次の出勤日、アキはまた東郷と組んでショーに出る。舞台裏で簡単な打ち合わせをしている。 「アキはアドリブが利くから、流れだけわかっていれば大丈夫だな」 「はい。もしも最後の素股でイケなかったら、と思ってスポイドを持ってきたんですが」  アキは上着のポケットから、白い乳酸菌飲料が入ったスポイドを出した。 「そんなものはいらん」 「えっ…?」  東郷はアキの上着を脱がせ、自分の上着も脱いだ。二人ともビニールのレザー風で、中央にジッパーがついた黒いビキニパンツ一枚だ。  東郷がいきなりアキを抱き寄せて、小さな声でぽつりと言った。 「俺がイカせてやる」  そんな強気の言葉に、アキの心臓は大きく脈打つ。  小さなドアから細い通路を通り、またドアを開けるとそこは円形の舞台だ。辺りは真っ暗で静まり返っている。  時間が来た。徐々に明るくなる部屋には、ポールにつかまって立つ東郷と、同じくポールにつかまって横座りのアキ。万華鏡が回りだす。夢が回転する万華鏡が――

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