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23.二人の片想い

 オプションタイムが終わり、再び万華鏡は回る。中央のポールに絡む肢体は、熱を帯びてほんのり赤い。まさに花開く前の蕾だ。しなやかに舞いながら、自慰をする。小悪魔な表情で鏡に向かって流し目をしていたが、もうそんな余裕はない。眉を寄せ、せつない声が喉の奥から漏れる。 「ああっ、もうイキそ…!」  ポールを両手でつかみ、背中を大きくのけ反らせ、思い切り射精した。最後のしずくが落ちた後、ポールに寄りかかり、なおも悩ましげなポーズで、少し気だるそうな表情をする。もう欲望は全て出たはずなのに、まだ足りないといったふうに、萎えない茎をまさぐる。誰か僕の熱を冷まして、そう訴えかけているようで。  光と音の万華鏡は、鮮やかな熱までをも客にまき散らしていた。 「アキちゃん、お疲れ様~。早速大反響だよ。今日のアキちゃん、色っぽかったってさ。ネットに感想が来てるよ」  シャワーと着替えを終え、アキが事務所に顔を出すと、須美が満面の笑顔で迎える。 「えっ、そ、そうですか?」  ショーではエロティックで小悪魔な表情を見せるアキだが、舞台を下りると真面目な青年だ。色っぽいと言われると恥ずかしくなってしまう。 「今日の舞台、スグルちゃんにも見てもらうために、防犯カメラの映像取っておくね」  くわえ煙草でパソコンを操作して事務作業をする須美は、またもや意地悪な笑みを浮かべる。 「それなら、僕だけじゃなくて、ほかのキャストの映像も店長に見せてくださいよ」 「スグルちゃんは、ほかのキャストは業務として見るけど、アキちゃんを見るのは恋心だから」  可愛いよね、とフィルターを噛みながら須美は笑う。そうからかわれて、アキの顔は赤くなる。ますます、舞台とはかけ離れた純情な青年に戻る。 「あ、あの…店長はいつから僕のことを…?」 「う~ん…最初にアキちゃんのショーを見に行ったのは、今から一年くらい前かな。奏クンが辞める少し前」  アキにはわからない。恋愛経験が豊富そうで、アキよりも一回り大人の東郷が、アキのどこを好きなのか。責任感も強く頼りになり、仕事ができる男、といった印象だ。アキのような一見普通の青年など、東郷にとっては物足りないのでは――アキそう感じていた。 「アキちゃんてさ、真面目で一生懸命頑張るよね。その前向きなところが、スグルちゃんを射止めたんじゃないかな」  片付けをしている須美が、パソコンを閉じた。 「さて、仕事も終わったし、いっしょにラーメンでもどう? 明け方まで開いてる店があるんだ」  キャストと店員がいっしょにいるところを、誰かに見られればまずい。アキが返事に困っていると、須美が軽く肩を叩く。 「もし誰かに会ったら、ラーメン屋行く途中でバッタリ会った、って言えば大丈夫」  咄嗟にそうした誤魔化しができないのもアキが真面目だからであり、東郷が好きになる点だと須美は話した。  ラーメン屋は店の近くにあった。広い店内は、厨房をぐるりと囲むカウンターのみ。周囲には飲み屋や風俗店が多く、深夜にも関わらず客が多い。ほとんどが男性客だが、その中に混じって女性の二人組もいる。水商売か風俗嬢だろうか。アキと須美は並んで座り、須美が“とんこつと餃子、二人前ずつね”と勝手に注文した。   「ここのとんこつと餃子は黄金コンビだかんね。食べて損はないよ」  イタズラっぽく笑う須美に、アキも笑みがこぼれる。  とんこつラーメンをすすりながら、アキは気になっていたことを須美に聞いた。 「あの、須美さん。店長が僕に告白したこととか、その…店長は全部話したんですか?」 「うん、スグルちゃん、恋愛ごとは結構話してくれる方だからさ。まあ、アキちゃんはスグルちゃんの好みのタイプだから、こりゃ落ちるかもなって思ったよ」  空きっ腹にとんこつの味がしみわたる。餃子もボリュームがあっておいしい。疲労回復にいいにんにくは、体を温めてくれる。仕事の後にぴったりなご馳走だ。しかしアキの表情はすぐれない。 「店長が僕を好きになったころって…僕が奏さんを好きなころですよね」  自分と同じく片思いをしていた。同じ苦しさを知っているからこそ、東郷の気持ちをないがしろにはできない。 「うん、奏クンがコーヒー専門店開いたら、恋人が焼いたパンを仕入れてサンドイッチやホットドッグを作るって話してくれたんだ。だから俺たちは奏クンに恋人がいるのは知っていた」  奏に荻がいる限り、アキが奏を好きな限り、互いの恋は実らない。実らないまま、ずっと平行線をたどっていた。 「アキちゃんの態度見てたらさ、こりゃ奏クンに恋人がいるの知らないで惚れてるかなーって感じがしてたんだ」  麺を喉につまらせそうになったアキを見て、須美はにんまり笑う。 「僕、そんなに態度に出てました?」  また、純情青年の一面が出た。須美は、そのとき思った。東郷はアキのそういう素直さも好きなのではないかと。

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