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24.東郷と須美

「うん、アキちゃんの奏クンに対する態度は、恋する乙女って感じかな。別に、女の子によくある、好きな男の前でぶりっ子するとか、声のトーンが高くなるとかはないんだけど。なんつーか…奏クンに対しては、そばにいるだけでも幸せってオーラが出てたみたいな」  自分では普通に接していたと思っていたアキには、衝撃的な話だった。今さらながら、恥ずかしさがこみ上げてくる。 「当の奏クンだけが気づかなかったのは、不思議だけど」  カズハにも同じことを言われた。顔から火が出そうな思いで、アキは一気に水を飲む。ラーメンとにんにくの利いた餃子のせいだけではない体の熱さが冷めたころ、また須美は意地悪な笑みを向けた。 「スグルちゃんねー、だいぶ悩んでたんだよ。自分が片思いで苦しいくせに、奏クンに恋人がいるとアキちゃんが知ったら、どれだけショック受けるだろうかって」  可愛いとこあるよね、とニカッと笑うが、アキにはどう答えていいかわからない。東郷は、奏に恋人がいると一言アキに言えば、そこでアキをものにできる機会ができたのに、アキの心の傷を慮って黙っていた。同じ片思いでも、相手に好きな人がいることを知らないアキと、相手に好きな人がいることを知っている東郷、どちらがより苦しいだろう。  須美は声をひそめて言った。 「しかし、チンコのホクロでスグルちゃんってわかっちゃう辺り、アキちゃんってプロだよね」 「す、須美さんっ、変なこと言わないでください」  東郷はそこまで話したのか。またもや真っ赤になったアキを、須美がなだめる。 「まあまあ、怒んないでよ。あのホクロじゃ確かに特徴あるかもね」  再びラーメンを食べ始めたアキの箸が止まる。 「須美さん…店長のホクロ、見たんですか?」  あんな部分のホクロを見るとしたら、直に見るしかない。東郷がアキとショーに出たときにもカメラは回っていたが、部屋にある防犯用のカメラでは、そこまで捕えられない。 「いけねっ」  慌てて肩をすくめる須美を、アキはじっと見つめる。問いつめることはしなかったが、明らかに尋問されているような空気だ。修羅場に転じてしまいそうな。 「あー…、実はね、若いころなんだけど…俺とスグルちゃん、セフレの関係にあったわけ。あ、今は何もないからね」  ズキン、とアキの胸が痛む。本気で愛した恋人ではないにしろ、東郷と肉体関係があったのは事実だ。 「…つまり、その、恋人ではないのに…ってことですか」 「うん。まあ、俺たちみたいなゲイってさ、生涯的なパートナーを見つけづらいから、その場しのぎの関係とかもできちゃうわけ」  本気で愛した恋人、となると引っかかる。だが、本気ではないただの性欲のはけ口、というのも気になる。セフレなどという存在とは無縁だったアキには、複雑にその思いが絡まる。 「須美さん、本当に今は店長とは何も…」 「ないない、もし本気でスグルちゃんのこと好きだったら今ごろ、“この泥棒猫ー”ってアキちゃんのこと刺してるよ」  須美は胸ポケットに挿していたボールペンを握り、アキの胸元をトンッと叩く。 「ま、それは冗談だけど」  須美がいきなり真顔になり、アキに向き直る。 「気持ちが落ち着いたら、スグルちゃんのこと考えてみてよ。付き合って泣かされるようなことはないと思うから」  東郷は頼りになる。普段は優しさを見せないが、人間らしい温かい面も知っている。何より、共演したときや東郷の部屋で抱きしめられたときに感じたが、東郷のセックスは溺れてしまうほど愛情深いのではないだろうか。 「もし、スグルちゃんがアキちゃんのこと泣かしたら、それこそ俺がスグルちゃんに渇を入れてあげるかんね」 「なんだか…僕と店長がもう付き合うみたいじゃないですか」 「俺は大賛成だけど?」  さらっと言う須美に、アキは苦笑を漏らす。 「キャストと店長が付き合うのはダメでしょう」 「大っぴらにしなきゃ大丈夫。事務所では普通に接して、プライベートでベタベタすりゃいいじゃん」  何を言ってものれんに腕押し、須美はアキと東郷をくっつけたがっているようだ。 「さーて、そろそろ帰るか。ニコチン切れだし」  店内は禁煙だ。ヘビースモーカーの須美は長居できない。  アキが財布を出すと、須美が手を上げて制する。 「俺のおごり。変な話聞かせちゃったお詫びね」  東郷と肉体関係があったことを、うっかり口にしてしまった。その詫びにと、須美はさっさと勘定をすませた。  引き戸を開け、のれんをかき分けて外に出た。 「すみません、ご馳走になっちゃって」  アキはすまなそうに頭を下げる。真面目なアキは、須美におごってもらったと、ほかのキャストにバレたりはしないかという心配がよぎる。 「いーのいーの。アキちゃんはうちの稼ぎ頭だしね。その代わり――」  須美は手を添え、アキの耳元にささやく。 「スグルちゃんのこと、よろしくね」 「須美さんっ!」  手をヒラヒラと振り、スクーターを押す須美の背中を見送りながら、アキは何となく顔が火照るのを感じた。須美がけしかけるせいで、ますます東郷を意識してしまう。  東郷はしばらく休みだが、次に顔を合わせるときには、普通に接することができるだろうか。アキは真っ黒な空に小さなため息をついた。

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