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27.胸に刺さる想い

 驚いて目を見開いたアキは、東郷と花森を交互に見る。アキには東郷の言葉がすぐに理解できなかった。 「て、店長…僕が…何ですって」 「だから、お前がこの『X-ROOM』二号店の店長になるんだ」  高校を卒業して風俗業界に飛びこんで四年、それでもまだ業界のことはよくわからない。そんなアキに、東郷は店長を任せるというのか。  花森が前髪をかき上げ、細い目をしばたたかせる。 「いやだスグルちゃん、店長さんに話してなかったのぉ? 意地悪ね」 「こいつを驚かせてやりたかったんだ」  そう言って、アキの肩を抱き寄せる。アキがよく知る整髪料の匂いに、鼓動が早くなる。だが鼓動がうるさい原因は、それだけではない。風俗店の店長を務めるなど、夢にも思わなかった。 「あ…あの、店長…。僕が二号店の店長なんて、無理ですよ」 「大丈夫だ。このハナは風俗業界に詳しい。ずっとゲイ専門の風俗で、裏方として働いてたからな。受付の方法や料金システムはできている。後はお前がキャストの指導やシフトを組んだり、イベントを考えたりするといい」 「店長、花森さんは――」  花森が手を振って体をくねらせ、カラカラと笑う。 「花森さん、なんて他人行儀だからやめてよぉ。“花ちゃん”って呼んでくれないと返事しないわよ」  花ちゃん、などと初対面の人でしかも年上に、ちゃん付けで呼ぶのはためらわれる。だが、花森はこの業界で“花ちゃん”“ハナ”と呼ばれてきたから、その方がいいと言う。 「あ、あの、花ちゃん…は、本店の須美さんみたいに、事務や受付をしてくださるんですか?」  そうよ、とうなずいた後、人差し指でアキの鼻をつつく。 「アタシは“アキ店長”って呼ばせてもらうわ。それと、アタシに対して敬語は無しね。店長が部下に対して敬語使ってたら、キャストに舐められるから。そんなわけで、キャストにもタメ口でね」  花森は三十一歳だと言う。アキより随分年上だ。慣れるまで話しづらいかもしれない。アキの目線に合わせて、花森が背をかがめる。 「アタシ、アキ店長の舞台、見に行ったことあるわよ。ショーではエロい小悪魔ちゃんなのに、普段はこんなに可愛い真面目な子なのね。仕事の合間につまみ食いしちゃおうかしら」  東郷がまた、肩を抱き寄せた。 「ダメだ。こいつは俺の恋人候補だからな」  その言葉にまた、心臓が跳ねる。何度目だろう。東郷に驚かされるのは。 「あら残念。でも、候補ってことはまだ恋人未満なのね。早く決めないと、アキ店長可愛いから誰かに狙われちゃうわよ」  その言葉は東郷にというより、アキに向けて言っているようだった。  二号店を引き上げ、アキと東郷は本店に戻る。帰り道の車の中でも、アキは信じられない気持ちでいっぱいだ。 「あの、なぜ僕が店長なんですか…? 花森さ…花ちゃんの方が業界詳しそうだし、店長に向いてそうな」 「あいつは店を回すより、縁の下の力持ちがいいんだと。ま、責任を負うことはないからな」  責任と聞いて、アキの肩に大きな荷物が乗った気がした。二十二歳で、風俗店の店長など務まるのだろうか。 「花ちゃんがいてくれたら心強いかもしれないですけど…やっぱり僕には荷が重いです」 「アキは真面目で頭の回転も早い。言ったことは必ず実行するし、覚えも早い。それに経験者だから、キャストの気持ちも酌んでやれる。自信を持て」  四年の経験が役に立つだろうか。キャストの気持ちなら、わかってやれそうな気がする。 「改装が今月中には終わるから、キャストを募集する。うちからもダンスが苦手なやつが流れるだろうな。もちろん、掛け持ちありにはするが」  赤信号で車が止まる。東郷は思い出したようにアキに話しかけた。 「そうだ、開店前に警察署へ挨拶に行かないとな。俺もついて行くが――アキ、スーツは持ってるか?」 「はい、成人式のが」  信号が変わり、車が発信する。そろそろ見慣れたいつもの繁華街だ。 「店長になるにあたって、約束事が三つある。まず、トラブルなどは必ず報告しろ。どんな細かいことでもだ。合同イベントなどもできれば望ましいから、何でも相談してくれ」  東郷がいる限り、大丈夫だろうか。しばらくは東郷に頼りっぱなしになるだろう。 「それから、ハナも言ってたがキャストにもタメ口だ。相手が年上でもだ」  本店では、年上のキャストにはすべて丁寧語で話していたアキは、その点も不安だった。話し方がぎこちなくなりそうで。 「最後に、俺のことは“店長”ではなく、名前で呼べ」 「えっ、名前…ですか?」 「東郷、でも勝でもいい。“店長”というのはおかしいだろう。お前も店長なんだ」 「あの…東郷さん」  何だ、とアキをチラリと横目で見た東郷は、残念そうに苦笑いをする。できれば下の名で呼んでほしかった。 「まだわからないんですけど…どうして僕が店長なんですか?」  車は本店に着く。アキの出番まで三十分だ。 「キャストと店長でなくなれば、堂々と付き合えるだろう」  アキは東郷に肩を抱かれる形で、エレベーターに乗った。二人が付き合えるように、わざわざ、No.1であるアキをキャストから下ろす。東郷のそこまでの想いが、アキの胸に突き刺さる。今日は東郷のおかげで、胸のドキドキがおさまらない。その甘く新鮮な痛みは、今日の舞台で大いに発揮されることになり、また好評な感想がネットに寄せられた。

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