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母のメモ2ページ目

 ハツは、幼いころに大病をして耳が不自由になった。そのことで実父から売られ、奉公先を転々としていたところを浦島に引き取られた、よく気の利く男だった。  ハツは、浦島の表情から、浦島が何を欲し、何を必要としているのかを捉え、イチの死後は浦島の傍らでよく働き、懸命に浦島を支えた。  浦島は手先が器用であったので、箪笥の修理から衣類の修繕まで何でも請け負う仕事を始めた。その美しい手仕事が評判となり、町一番の置網漁師の目に留まった。  置網修繕士として正式に雇われた浦島は、ハツと共に、置網漁師からの借家に住み、置網修繕の仕事を始めたのであった。  生を受けてから30年以上、浦島は山で暮らしてきたので、潮騒の香りや海鳴りで目覚めることに新鮮さを感じていた。  ハツも少しずつ置網修繕の仕事を覚え、もともとハツも手先が器用であったため、ハツは浦島と共に懸命に働いた。ハツもまた、漁師から認められ、耳が不自由ながらも是非にと、漁師の末娘、マツと夫婦となり、翌年には子供にも恵まれた。  ハツは正式に名を「浦島初野新(ウラシマハツノシン)」とし、置網修繕を専門とした商売をするために独立資金などを受けるなど、浦島と共に恵まれた生活をしていた。    浦島は、そのころから少しずつハツに仕事を任せてハツの子を孫のように可愛がり面倒を見るようになった。ハツもマツも浦島を信頼し、共に暮らした。事件が起こったのは、その穏やかな暮らしが数十年続き、ハツの子浜の丸が十の誕生日を迎えたころのことだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  母のメモの2ページ目はここで終わっていた。  そして我々の末裔は、正確には「浦島初野新」であることも分かった。  次ページは修正したり黒く塗られたりして、訳しながら母が苦しんでいたような様子が見て取れた。そして、他言無用、との注意書きと共に、母のメモは3ページ目へと続いた。

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