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錦田教授のメモ①
狭い蔵の中で、錦田教授は古い書物を手に取ると頷いたり眉をひそめたり、色々な表情を取りながら読み耽ていた。その錦田教授の解釈は、ゆっくりと外で聞くことにした。
母のメモが何故途切れたのか、何者かが消したのか盗んだのか。
どちらにしても、古い記録が書かれた書物を訳さぬことには始まらない。俺は錦田教授の解釈を聞いてみることにした。
錦田教授によれば、ハツの記録は母の訳した部分まで、つまりは浦島が失踪したところまでで途切れているとのこと。その後の記録は古いものの、そのハツの記録から数百年後のものであり、しかもハツとは文体が異なっているという。
そしてついに錦田教授は、失踪した浦島自身の記録であるという結論を出したのだった。
錦田教授の訳を以下に記す。
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元の浜辺に戻るも、辺りには家も何も無く私はただ失意の中で彷徨っていた。このようなところに1人で残されたところで、私には思い出しか残っていない。
こんなにもつらい現実が待っていたとは・・・。
帰りたい・・・帰りたい・・・
私がどうして長年に渡り消息を絶ったのかを記そうと思う。
仕事が思うように進まず、私などいないほうがハツのためになるのではと、いつものように釣り糸をたらしながら岩場にいた私は、ふと波の呼ぶまま命を絶とうと考えた。
私が白波の呼ぶまま、身を投じ、引き寄せられ波の力に身をまかせて静かにその息の根っこを失いかけたとき、強く私の襟元を掴む手があった。助かる気持ちなど無かったのに、私は命を拾われた。
ずぶぬれで、小船に引き上げられたが、私はすぐに気を失った。気がついた時には美しい畳の間の白い布団に寝かされていた。声が出ず、誰かを呼ぶことも出来なかったので、しばらくそのまま横になり、人が来るのを待った。
そのうち、魚を焼くにおいとともに、食事が運ばれてきた。
驚くことに、死んだはずのイチが食事を運んできたのだ。私は「ああ私はもう死んだのだ、ここはあの世なのだ」と納得をし、静かに「イチ」と呼んでみた。
しかしイチは首をかしげ、自分はイチと言う名では無いと言う。
そこでイチに良く似た男に名を尋ねると、「乙姫」と名乗った。
私は、命も救われ、イチの生き写しのように似た乙姫と出会い、体の衰えや役立たずで仕事も思うように出来ない自分自身のどうしようもない苦しみや切なさから解放された気持ちになり、命が恋しくなったのだ。
乙姫は、龍宮という不思議な名の城の城主であった。
透き通るような白い肌、手足が長くて白い羽衣のように柔らかであった。性別を越えた美しさは、国外から見物人が来るほどであったという。
私も、すぐに乙姫に夢中になった。
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