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錦田教授のメモ①-2
イチによく似た男、乙姫は、1日に2度城の外に出かけては麻の袋に大量の葱坊主のような植物を採りに出かけていた。直径が2センチほどの小さな葱坊主は、花を落としたあとの果実のようであり、食用であるとは思えず、何を目的で採取しているのかは不明であった。
龍宮城やその周囲では、初夏になるとその「葱坊主」を収穫することが例年となっているようであったが、その収穫後の「葱坊主」の行方はよそ者の私には伝えられず、もくもくと採取した「葱坊主」を加工する作業をする人々の姿を見た。
ある時、乙姫が私にこう告げた。
「浦島さん。あなたはこの城の中でずっと暮らしていく覚悟はありますか?もしもこの龍宮城でずっと暮らしていっていただけるのなら、私たちと共に仕事をしていただけますか?」
私はとても困惑した。
自らの命を終わらせるために覚悟の上で身を投じたものの、こうして乙姫に命を救われたので、乙姫の言うとおりにすべきであるという覚悟はするまでもなく、心には備わっていたが、いざとなるとハツの顔が浮かんだからだ。ハツは自分を心配してくれているだろう、そんなことが思い浮かんでいた。
迷う気持ちを消して差し上げましょう、そう言ったように聞こえたが、私は乙姫から、ひとかけらの黒糖の塊のような、苦味のある塊をひとつ、口にあてがわれた。私は迷うことなくその塊を口に含み、ゆっくり噛み締めた。
その塊を噛み、しばらくすると、この身が床に吸い付いてしまったかのように起き上がれなくなり、猛烈な眠気と共に、この世の感覚とは思えない、足の浮いたような軽さとしびれる快感を味わった。目の前が暗くなる。
数時間後目を覚ますと、重く苦しかった頭がすっきりとしていた。気持ちが明るくなった。
目を覚ました私に、乙姫が近づいた。
「どうです?気分がすっきりとしましたか?」
私は首を縦に振る。
「そうでしょう。ゆっくりお休みになっていましたものね、どうでしょう、決心はつきましたか?」
乙姫はその美しい切れ長の瞳を優しく細めて私を見た。
「もっともっと気分が晴れやかになる品物を差し上げますよ」
乙姫は瞳の奥に闇を隠したようにゆっくりと瞬きをして、まっすぐと私を見ていた。
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実はこの後しばらく俺も困惑するような事態が起こっていた。錦田教授が、訳するのを止めたいと言い出したのだ。危険な橋は渡りたくない、どうして身内が訳せなかったものを他人の自分が訳さなければならないのか、と。
そして、その「危険な橋」の正体が、この蔵の中にあるのだということも同時に悟った。
錦田教授は、それに気がついてしまったのだ。
数ヵ月後、錦田教授に呼び出された。教授に指定された待ち合わせ場所は都内某所にある、とある植物を特別に栽培している植物園であった。教授が蔵の倉庫から持ち出した古い麻のような紐や、黒い塊を調べたのだという。
「村上君、これは、芥子だ。つまり、アヘンだよ」
目の前が真っ暗になった。
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