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危機
相手は来夢からだった。今の時間は19時58分。さっき会ったばっかなのにどうしたんだろ。ていっても一時間前だけど。
『サカキが襲われた!!』
…は?焔緋が襲われた?誰に?どういう経緯で?
ツーっと冷汗が背中をつたう。一気に喉がカラカラになる。
もしかして…まさか…!
「ごめん、ノアさん!ちょっと電話掛けてくる!」
急いで店から出て来夢に電話をかける。息を切らせた声が出た。
「もしもし?来夢?」
『れおっち!』
来夢の心底ホッとしたような声。
「どういうこと!?焔緋は!?」
『帰り道に吸血鬼とかなんかに襲われたって…!』
「…っ」
やっぱり!!大方あの日ショッピングモールに絡んできた男関連だ!!
「僕が一緒に帰ってれば…!!家に送り届けてればちゃんとっ」
『落ち着けれおっち!あいつは総合病院にいるらしいからとりま行く!れおっちは?』
「あ、えっと…」
ガラス越しにこっちを怪訝そうに見ているノアさんを見る。
『用事あったんだっけ?』
「うん、…でも行く。一人で行くのは危ないから一緒に行こう!さっきのゲーセンあたりにいて!行くから!」
『分かった!気をつけろよ!』
「うん!」
電話を切ったあと、再び店に入ってノアさんの元へ戻る。
「どうした?」
「ごめん、ノアさん。友達…大事な人が襲われちゃって…今から病院に行ってくる!お金は後で返します!ごめんなさい!」
ノアさんはピクリと眉をひそめたけど、そうか、それじゃあ早く行ってやれと言ってくれた。そんなノアさんに一礼して上着とカバンを持って店を出る。
「大事な人なんぞ…笑わせるな…」
僕の後ろ姿を眺めながらノアさんがポツリと呟いた言葉は聞こえなかった。
「来夢!!」
「れおっち!こっちにお袋が車回してくれてる!」
「ありがとう!!」
「だいじょぶだったん?知り合い」
「友達が襲われたのにそっちを選ぶわけないでしょ」
「ま、そーよな…サカキ、いきなり後ろから殴られたみたいで、やり返す隙がなかったみたいだ。近所のおばさんがたまたま通りかかってくれたみたいで良かったわ」
「そうなんだ…今の状態は?」
「麻酔が効いて寝てる。脳挫傷起こしたのと、身体にいくつかナイフで斬られたって。多量出血だってサカキの兄ちゃんから聞いた。三針縫ったらしい…」
ぜってーいてぇよな、と顔を顰める来夢に、確かにね…と頷く。
「三針も…」
「心配すんなよ、犯人は捕まったって言ってたし」
『僕のせいで焔緋を傷つけられた。』その事で頭が真っ白になる。いつも『好き』だって言ってくれる人を…別れる間際、悲しそうな顔をしてたのに…一緒にノアさんに会いに行けば、こんな事…
「れおっち、もう着くよ」
車の窓から外を覗けば、大きくて白い建物がそびえている。
「ありがとうございました」
来夢のお母さんにお礼を言って焔緋の病室へ行くために病院に入った。
「失礼します」
静かに病室のドアを開ける。広い部屋の中には、一人の若い看護師さんと、ベッドに寝ている焔緋と、焔緋のお母さんと庵さんがいた。
「来てくれたのね…!」
庵さんは珍しい白いシャツに黒いパンツで、コートを持っていた。出張から直で帰ってきたらしい細身のスーツ姿の焔緋のお母さんは、僕と来夢を順に抱きしめた。この人は海外での仕事も多いからスキンシップが多い。なのでもう慣れてます。庵さんにも挨拶して、焔緋の眠るベッドに近づく。
「焔緋…」
「サカキ」
頭に包帯を巻き、酸素マスクを着けられた焔緋は、いつもの健康的な肌は白くなって若干隈ができた様に見える。いつも僕に向ける感情のある表情が現れないことに強い恐怖が襲った。右手は点滴のチューブに繋がれていて、その腕にも包帯が巻いてあった。
「ごめん…僕のせいで…」
焔緋の左手を握る。ピクリと反応した手は冷たい。まるで死んじゃってるみたいに…。両手で包んで温める。
焔緋のお母さんのスマホが鳴った。ごめんなさいね、と一言言って病室を出ていった。しばらくして焔緋のお母さんは慌てた様子でコートを着ている。
「ごめんね、私もう行かなくちゃいけないの。怜央ちゃん、来夢君、来てくれてありがとう。お先に失礼するわね」
「はい、気をつけてくださいね」
「ふふ、大丈夫よ、庵がいるもの」
「私も用があるので失礼する。お前たちも気をつけろよ」
あっ、
「…あのっ」
ん?というように振り向く周りの人に、おずおずと口を開く。今夜だけでもいいから…
「焔緋に付き添っても…いいですか…?」
「「「「ん"ん"っ!!」」」」
大人三人が一斉に意味不明なうめき声を上げて顔を押さえたりうずくまる。ダメ?そんなにダメなの?
「お願いします。今夜だけでも一緒にいたいんです…ダメですか…?」
すると看護師さんは鼻から血を流しながら顔を振る。わ、血が飛び散る…
「ダメじゃないわ!その方が私もグフン…いえ、焔緋君が安心するでしょうし!後で簡易ベッド持ってくるわね!」
と、病室を走って出ていってしまった。そんなにいそがなくても大丈夫です…って、もう聞こえてないですね、はい。
庵さんと焔緋のお母さんも、何故か僕の頭をなでて、「ぜひそうして」と悶えている。
何なんこの茶番は…としらけた顔の来夢に、「来夢はどうする?」と聞くと、「んー…オレはムリだ、お袋またせてるし」と頭を掻いた。
三人を玄関まで見送る。当たり前だけど、もう外は真っ暗だった。あっ、と母さんの顔を思い出す。電話しなきゃ、、、
「もしもし?僕だけど」
『こんなに遅くなるなんてどうしたの?変な人に絡まれてない?大丈夫?』
「大丈夫だよ。あの…焔緋の事なんだけど」
『大丈夫だったの…?頭を殴られたって…病院にいるの?』
あれ?なんで知ってるんだろ。焔緋のお母さんに聞いたのかな。
「うん。今は落ち着いているって。僕、このまま泊まってくよ」
『泊まってくの?許可は取ってあるの?』
「とったよ。焔緋のお母さんもいいって言ってた。…だめ?」
『うーん…』
「おねがい…」
『ん〜〜…』
「ママ…」
『〜〜〜〜っっ…わかったわ…』
「ありがとう!おやすみなさい」
母さんに甘えるときは『ママ』って言うのが一番効く。甘える内容にもよるけど、大抵はうまく行くから、月に一回って決めてる。
汚い子供だって?うるさい!
通話を切って焔緋の病室へと戻る。
いつの間にか焔緋の眠るベッドの隣に簡易ベッドが設置されていた。掛け布団の上にタオルとパジャマが置いてある。制服だから気を使ってくれたのかな。ありがたや…
「えっと、怜央くん。シャワー室空いたからどうぞ」
「あ、ありがとうございます。」
ドアからひょっこり顔を覗かせた看護師さんはにこりと微笑んで出ていった。
とりあえず必要なものを用意する。出ていくとき静かになった病室に少しだけ寂しくなって、答える訳がないのに
「焔緋、行ってきます」
と、おでこを撫でた。
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