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琳太朗くん
怜央 side
「おはよ、焔緋」
まだ薄暗い病室、仄かな灯りが焔緋を照らす。まだぐっすり眠っているらしく、ピクリとも反応しない。ちょっとだけムキになっておーはーよーと焔緋の手をぷらぷら振る。
「…早く起きてよ…」
それでも反応しない焔緋の手をそっと置く。
いつもよりあんまり寝付けなくて(当たり前だけど)、空が明るくなってきたのに気づいて、制服に着替える。今日、学校から帰ったら家寄って、着替え持ってこないと…
なんて、周りに許可取らなきゃだめだよねって笑いながら簡易ベッドを畳む。その時ちょうど看護師さんが入ってきた。僕を見てちょっと驚いてる。
「おはようございます、看護師さん」
「お、おはよう、怜央くん。早いわね?焔緋くんは目覚めた?」
「いや、まだです。…あの、」
「何かしら」
体温計などが入ったトレイを置きながら、こっちを向く。
「焔緋が退院するまで…泊まってもいいですか…?ご飯とかは自分でなんとかしますし、お風呂も入ってから来ます。厚かましいって分かってますけど…お願いします」
お願いします、と頭を下げる。焔緋の事もあるけど…りんたろうくんとの約束もあるから。
「全然いいわよ!!上に話通しておくから、好きなだけどうぞ!ご飯は…、むりかもしれないけど、シャワー室だったら好きなだけ借りていいから!!」
だから頭あげて!!と慌てる看護師さん。
「ホントですか!?ありがとうございます!」
嬉しくて思わず看護師さんの手を握る。顔を真っ赤にして震えているのに気づいて、ごめんなさい!!と離した。
看護師さんはフラフラよろめきながらも焔緋の体温を測って、学校頑張ってね、とまた赤くなりながら出ていった。大丈夫かな、熱あったのかな?
「…ふう」
まずは病院の一階にあるコンビニでおにぎり三個と水を買う。なぜだか酷くお腹が減って死にそう。いつもなら平気なのに…
「…あれ?りんたろうくん?」
また休憩用の椅子に座って朝ご飯を食べていると、りんたろうくんが廊下を歩いていた。こっちに気がつくと、嬉しそうに走ってくる。
「おはようお兄ちゃん!」
「おはよう、まだ六時半だよ?寝てなくていいの?」
歩いているのも看護師が数人いるだけで、患者はおろか、医師だって歩いてはいない。看護師さんはどうしてこの子を引き戻さないんだろう。
「大丈夫だよ!きのうよく寝れたから元気なの、お兄ちゃんがいてくれたおかげ」
「本当に?よかった」
「お兄ちゃん、今日は何時に帰ってくるの?」
「ん〜、学校が終わって家に寄ってからだから…18時半には来れるよ」
「それからお話できる?」
「もちろん。りんたろうくんは今日何するの?」
「えっとね、水曜日だから…算盤をやるよ」
「算盤?僕持ってたけどできなかったよ!すごいね!」
黒いサラサラの髪を撫でる。えへへ、と振り返る青い目が、僕を掴んで放さない。
綺麗なのと比例して、冷たい恐怖を感じた。けど吸い込まれるようにして魅入ってしまう。
「…お兄ちゃん、」
不意に呼ばれてハッとする。
「なーに?」
「りんたろうね、お兄ちゃん大好き」
ぎゅう、と小さい腕に抱きしめられる。僕も自然とりんたろうくんを抱きしめる。ふと昨日のりんたろうくんの言葉を思い出した。パパもママも一度も来てくれたことないの…それがりんたろうくんにとってどれだけ孤独を与えるのか、やっと理解できた。友達だけじゃ、この寂しさは埋まらない。
「…僕もだよ。だから、泣かないで?」
腕の中で泣いているようなしゃくり上げる声が聞こえて、りんたろうくんの腕の力が強くなる。しばらく背中を撫でていると、落ち着いてきたのかな…?
「りんたろうって、どんな漢字なの?」
「…こうだよ」
りんたろうくんは僕の手のひらに『琳太朗』とかいた。『琳』か…『郎』じゃなくて『朗』なんだ…
「珍しい名前だね、いい響き」
「本当に?…パパがつけてくれたんだって」
「そうなんだ…僕の名前もね、父さんが付けてくれたんだよ」
「そうなの?」
「うん。名前を付けてくれたってことは、きっと琳太朗くんが大切だからだよ。だから、寂しがらなくていいんだよ」
「…うん!」
「よし!僕、そろそろ学校行かなきゃ」
スマホを見ると7時23分。だいぶ話してたんだな。半分残っていたおにぎりをペットボトルの水で流し込み、カバンを持つ。
「お兄ちゃん、琳太朗いい子でまってるから、早く帰ってきてね」
制服の裾を引っ張る琳太朗くんの手にハイタッチして、
「うん!行ってきます!」
と言ったら、
「いってらっしゃい!」
って返してくれた。ハイタッチした手にはいつの間にか青い石が握られていて、あれ?琳太朗くんのかな?そう思って振り返る。けど、誰もいなかった。
「え、どうしよう」
とりあえずカバンの中に入れて、あとで返そう。
一回焔緋の病室に寄って、焔緋にも「行ってくるね」と呟いた。かすかに焔緋の瞼が動いた気がした。
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