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約束
怜央 side
病室を出てとりあえず休憩用の椅子に座る。
「すみません、わざわざ」
「いや、いい。それで、相談というのは」
「今日、幽霊みたいなのに会っちゃいまして」
「幽霊?」
「今日、見たんです。…僕の家で」
「ほう」
「霊感がある庵さんなら何か教えてくれると思ったので」
「よかろう。で、どんな風だった」
珍しく興味を示した庵さんに内心驚く。
今日のあの不思議な体験について事細かく説明する。何時頃で、どこで、どんなモノを見たのか。どんな様子だったのか。
「ふむ…あぁ、因 みにお前、憑かれてるぞ」
まだ子供だな、と庵さんはしれっとした顔で僕の腰らへんの後ろを指差す。その後、あ、隠れた。とぽつりと呟いてその「何か」を目で追いかけていた。もちろん僕の後ろには何も子供のようなモノはいなくて、車椅子のご老人や看護師が歩いているだけだ。
「さっきからお前の後ろをついて回ってる。危害を加える気はないようだぞ。しかしなぁ、お前が言っていた幽霊ではないな。男の人か…」
それを聞いて少しだけほっとする。「子供」と聞いて琳太朗君を思い出した。琳太朗君待ってるかな…庵さんが指した場所に目線を向ける。
やっぱり何もいなかった。
「そう、なんですか」
「ああ。今日あったような事を体験したのは初めてか?」
「はい。見たことなかったです」
幽霊なんて半信半疑だったしね。まさか本当にいるとは…吸血鬼 も、僕みたいなのもいるんだから、そりゃあいてもおかしくないか。
「そうか…様子見だな。あまり気にしない方がいい」
「…はい」
「そんな怖がることない」
「怖がってなんか」
そう言いかけて庵さんが僕の顎をさわる。切れ長の目で真っ直ぐ見つめられてゾッとした。庵さんは僕をビビらせようみたいな気は無いんだろうけど…今は臆病になってるのかな…?
思わず目を逸らすと、ぷにって頬をつねられた。庵さんはぐにぐにと引っ張ってふふ、と笑った。
「顔が真っ青だが」
カァっと顔が熱くなるのを感じた。
「べ、べつに怖がってなんかいません」
「…どうだかな」
ふん、と鼻を鳴らして離れていく手に安堵する。
「まあ、また何かあったら言え。」
優しく頭をぽんぽんと叩く庵さん。いいな、焔緋。皮肉が多いのと喧嘩っ早いのがなければこんなにいいお兄ちゃんがいるとか羨ましい。
こんなお兄ちゃんかお姉ちゃんほしかったな。
「ありがとうございます」
「なんてことはない。ただ、また何か現れたら…俺をすぐに呼べ。遠慮なんてするな、いいな?」
どことなく真剣な顔つきになった庵さんに、反射的に頷いた。
「はい。よろしくお願いします」
「ああ。…そろそろアイツもイライラしてるとこだろう、俺はお暇するかな。」
アイツ、と顎で焔緋のいる病室を指す。
「あはは、そうかもしれないです。ではまたよろしくおねがいします、庵さん!」
「ッッ…!!…………かわ…」
「川?」
「いや…では、また」
顔を真っ赤にさせて出口に向かう庵さんを見送って、焔緋のいる病室へと足を進める。
焔緋の病室の目の前まで来たとき、
「怜央お兄ちゃん!!」
と呼ばれて振り向くと、青いパジャマを着た琳太朗君が立っていた。
「琳太朗君!」
名前を呼ぶと途端にぱあっと笑顔になった琳太朗君がパタパタとスリッパを鳴らしながら走ってくる。そのまま僕に抱きついてくる。子供体温の温もりに思わず抱きしめ返した。
「おかえりなさい!」
「ただいま」
体を離して琳太朗君の目線にあわせてしゃがむ。今日はちゃんと髪を乾かしてもらったみたいで、艷やかな黒髪からシャンプーの匂いがする。
「お兄ちゃんのことずっと待ってたの。琳太朗に会いにきてくれなかったんだもん。」
「ごめんね、お話してて。これから話そう」
「うん!琳太朗のおへやにいこ?」
ぐい、と強く腕を引っ張られる。
「そうだね、…あ、」
「どうしたの?」
「前に言ってた、今入院してる友達のお部屋に行かない?一緒に話そうよ」
「お兄ちゃんと二人でお話ししたい。約束したのに…」
キラリと琳太朗君の目が鋭くなって、またぎゅうっと強く抱きしめられる。一瞬だけ見えた心底イヤそうな顔。そんなにイヤなの…?
「え、っと、その子も僕を待ってるから…一緒に話した方が楽しいよ?」
「うそつき」
ぽつり、と耳元で呟く琳太朗君。
「な、っ…」
思わず肩を掴んで僕の体から引き剥がす。俯いたまま僕を見る目が光をなくしている。どす黒い、濁った眼。
「…うそつき」
繰り返し呟かれる度にグサリと心に刺さる。
そうだ、これは僕が悪いよね…。いくら焔緋に会いたくたって、先約をドタキャンするなんて。
「ごめん、ごめんね。先に琳太朗君と約束したのに…!焔緋にあとで行くって言うから…」
「ほむら…?」
「あ、僕の大切な人って言ってた人。待っててね」
急いで焔緋のいる病室に向かう。これ以上琳太朗君を怒らせたらやばい。そんな危機感を感じた。
「ふーん、ほむらっていうんだぁ……チッ」
忌々しそうに、且 つ楽しそうに呟いた琳太朗君の年に相応しくない低い声は、僕には届かなかった。
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