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衝撃

 「…なんて?」  「あの、だから…焔緋、ごめん。ちょっと急用できて。あとで説明するから、僕が帰ってくるまで起きてて。お願い」  「はぁ…?なんで…」  「長くなるから!お願い、焔緋…」  「仕方ないなぁ…ただし」  そう言うやいなや後頭部を捕まえられて前のめりになる。焔緋の顔が  「覚えとけよ、怜央?」  「あ、ちょっ」  もそもそとパジャマ代わりのジャージのなかに手を弄らせる。  首筋に柔らかいものが触れるのを感じて、僕も焔緋の首に手を回す。  「くすぐったい…」  思わず身体を反って逃げを打とうとするも、手が伸びて来てできなくなる。  「…ねぇ」  「…」  「……おーい」  「…」  「長い!おしまい!!」    いいかげんにしろとほっぺたを叩く。  痛いな、とつぶやく焔緋はむくれた顔をしながら、僕にキスをした。  「はい、行ってらっしゃい」  「っ、!」  「行かないの?そのナントカくんが待ってるんじゃないの?」  「ば、か!ナントカ君じゃなくて琳太朗君!」  「あっそ〜」  ポカンと焔緋の頭を殴って、病室のドアを閉めた。  「おまたせ…あれ?」  長椅子に座っていたはずの琳太朗君がいない。  トイレにでも行ったのかな…?  「ん…?」  廊下に人の気配がしない。まだ八時を回ったばかりなのに、患者さんたちは皆どこかへ行ってしまったような静けさだ。    なんだか怖くなって焔緋の病室のドアを開けようと取っ手を引くと、ガチャン!と内側から鍵がかかっている音がした。      「え…?」      ドアの曇りガラスから中を覗くも、いつの間に電気を消したのか中は真っ黒で何も見えない。  「な、にこれ、どーゆーこと?ちょっと、焔緋、怒ったからってビビらせないでよ!」  ドンドンと強く叩いても中からはうんともすんとも返ってこない。ただ僕の声が長い廊下に響き渡るだけ。  「おーにーいーちゃん!!」  「わあアアッッッ」  振り返ると琳太朗君が僕の後ろでいたずらっ子みたいな顔で笑っていた。  「やめてよ、びっくりした、!」    「お兄ちゃんって怖がりさんなんだね」  「そ、そんなことないよ!ほら、琳太朗君の部屋に行かなきゃ」  琳太朗君はニコニコしていた顔を曇らせる。  「…ねえ、お兄ちゃん…」  「ん?」  「僕、もうすぐ死んじゃうのかな」  「えっ?」  「今日ね、看護師さん達が僕の話をしてたの」  『…琳太朗君のご両親、まだ行方不明みたいよ』  『いくら院長が親戚だって嘘ついてまで擁護したって、もう限界よ。手術なんてもってのほかだわ』  『そうよね…ご両親のこと、知っているのかしら…』  『知っているわけないわ…今日だって朝ご飯届けたときに、今日はお母さん来てくれるかな?って、笑顔で聞かれたのよ?私、なんて答えたらいいのか分からなくって…』  『本人には可愛そうだけれど、希望をもたせたまま、亡くなった方が…少しは救われるんじゃあないかしら…』  『そうね…もう何やったって手遅れだもの、黙っていたままがいいわよね…』  『最期まで温かく見送りましょう…』    その光景が頭の中に流れ込んできた。色あせた映像の中、事務室のようなところで看護師達が暗い顔で話している。  「な、にこれ…」  「看護師さんがいうんだもん、本当のことなんだよね、お兄ちゃん。僕、もうすぐ死んじゃうんだって。僕、もう手術したってむだなんだ。パパもママも、僕が邪魔だから…僕がいらないから、どこかに行っちゃったんだ。…お兄ちゃんもどこかに行っちゃうの?僕はまたひとりぼっちになるの?行かないで、お兄ちゃん…僕、お兄ちゃんしかいないの…」  「り、琳太朗君…」  「どこにも行かないで、ぅっ、おにいちゃんっ」  必死な顔をする琳太朗君に心臓がきゅっとなって、思わず抱きしめる。  「僕はどこにも行かない。僕がずっと一緒にいるよ…」  「ありがとう、お兄ちゃんっ…」  鼻をすする音がして、また強く抱きしめる。  「とりあえず、部屋に行こう…ほら、僕に摑まって」  「う、うんっ…」  僕は琳太朗君を背中に乗せて、まだ不気味で静かな廊下を歩き出した。  

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