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機会
「ん…」
どこだここ。体が妙にダルい。体を動かすと毛布と人肌の感触がした。
「ん〜…」
のそりと起き上がる。まだ目はぼんやりしていてよく見えない。目をこすっていると腕をグンッと引っ張られて、倒れ込んだ。
「わっ」
「怜央ちゃん、おはよ」
目の前には寝起きで眠そうに微笑んでいる焔緋が、僕を抱きしめる。
「お、おはよ、ちょっ、くるしぃ、、、」
グイグイと押し返すと、むぅ〜と言いながら負けじと力を込めてくる。いやそろそろ本気で痛い…と思ったとき、焔緋の腕の力が緩んだ。寝返りを打つと、コツンと手に何かが当たった。四角いそれを見ると、目覚まし時計だった。
8時45分を差している。あれ…この時間って確か…
「学校の予鈴がなる時間!!起きなきゃ、ヤバイ、遅刻だっ、、」
「ちょ、行かないでよ怜央ちゃん…」
まだ寝てようよと言っている焔緋を無視して、ベッドから下りる。気だるい脚に力を込めても力が入らなくて、へなへなと床に座りこんでしまう。
「大丈夫?怜央」
ふぁ〜っと欠伸をしながらベッドから下りてこちらに歩いてくる。
「間抜けな顔をしやがってっ…誰のせいでこんなっ」
「あはは、ごめんごめん、怜央ちゃんが可愛くってしかたなかったんだもん」
「ばっ!…良いから僕を立たして。学校行かなきゃ」
また欠伸をした焔緋ははいはいと僕を簡単に抱っこしてダイニングまで連れてこうとする。
「ちょっと、そっちは両親がいるんじゃ、」
慌てて肩をトントンとすると大丈夫だよ、と頭を撫でられる。
「親はどっちも出張なんだってさ。言い忘れてたって昨日メール来た。来月まで帰ってこないよ」
なんだ、よかったと胸を撫で下ろした。二人ともシャツにパンツ、しかもこの体勢は流石にだめだと思った。
広いダイニングまで連れてくると、僕をふわりと優しくソファーに落とした。
「一応体はキレイにしたけど、辛くない?」
床に膝をついて心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「辛いに決まってんだろ!学校…どうしよう…」
なんとか学校に行こうとする僕の横で、焔緋はクスクスと笑う。こっちは笑い事じゃないっつーの、、
「ねえ怜央ちゃん、今日はなんの日だ?」
「はあ?」
意味がわからずにテレビを付ける。眩しいくらい笑顔なニュースキャスターは、「今日は体育の日ですね!心地良い秋晴れになりそうです。今日の週間天気予報は━━━━━」
「体育の日でした!」
「早く言って!!!」
今まで慌ててた僕は何なんだ!!!ギロリと睨みつけると、焔緋は可愛いと言わんばかりに僕のほっぺたをぐにぐにした。
「えへへ〜」
幸せそうな顔……もう何も言う気がなくなってされるがままになっていると、ぐう、とお腹が鳴った。
「焔緋おなかへった、、」
「オレも思った。何か作ってくるよ〜、あっ」
「うん、?」
「怜央ちゃんち、連絡入れなくていいの?」
「あっ」
しまった。やらかした。やらかした!!
うちの母さんはドがつくほどの心配性だった!!父さんが宥めてると思うけど、うーん、、、
急いで焔緋に僕のスマホを取って越させる。
やばいやばいとひとりブツブツ言いながら電源を入れると、母さんから不在着信が58件、LIME未読67件、メールが42件届いていた。
いそいで家に電話をかける。
呼び出し音2つで繋がったとたん母さんの甲高い声が聞こえる。
『怜央!!』
「も、もしもし、母さん?」
『怜央?怜央なの!?』
「そ、そうだよ」
『怜央なの!?無事なのね!?よかった、何があったの、どうして連絡してくれなかったの!?悪い人に捕まったりしてないでしょうね!?ママ心配で心配で寝れなかったのよ!私の可愛い一人息子がっ』
電話の向こうで父さんの『まあまあ、あいつも色々あるんだよ、思春期だろ』と宥める声が聞こえるけど、『パパは黙ってて!!』と一蹴されて『あ、はい…』と黙ってしまった。
もうちょっと頑張ってくださいお父上…
「だ、大丈夫。焔緋の家に泊まっただけ」
『焔緋君がいるのね?ならいいわ、いいけど連絡の1つでもするべきよ怜央!ママ本当に心配したのよ。誰かに襲われたんじゃないかって…っ』
グスッと鼻をすする音が聞こえる。そんなに心配しなくても…
「ごめんね、母さん。これからはちゃんと連絡するから…」
『ええ、そうしてちょうだい。本当に、ママは気が気でないわ、、、あっ』
「?」
『怜央、また学校をサボったわね!?』
あっ…
「ごめんなさい…」
『怜央、あなた来年からは受験生なのよ?いくら可愛い一人息子だからって、聞いているの?怜央?』
チクチクと胸が痛む。まだ何か小言を吐く母さんの声は聞こえなくなって、父さんが『ママ、もうそれぐらいでいいじゃないか。無事だって分かったんだから』と助け舟を出してくれた。まだぶつぶつと言っている母さんから受話器を取り上げたらしく、
『怜央、無事でよかったよ。でもこれからはちゃんと連絡しなさい。ママは本当に心配していたよ』
「…うん」
『よし。…あと』
急に父さんの声が小さくなる。
「なに?」
『ノアが久々にお前に会いたいって言ってるよ。近々、海外から帰ってくるらしい』
「!ほんと!?」
『本当だよ。お前との連絡手段がほしいと言っていたから、後で電話番号を送っておくよ』
「ありがとう!」
『ああ。じゃあ、またな』
ガチャン、電話が切れた。
母さんに小言を言われて胸が痛んだのはあるけど、それよりも心が動かされたのは、ノアさんに会えるって事だった。
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