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恋の矢印は片方向?

いつもは前を通りすぎるだけの高級ホテル。 バカぼんが慣れた様子でチェックインするのをぼんやりと眺める。 ホテルの人に深々と頭を下げられた俺は、両脇を坊っちゃんとバカぼんに固められ、専用エレベーターにのせられた。 すげーーーー! エレベーターを降りると、そこはもう部屋の中。 ワンフロア、丸々一室。 バカぼんは、部屋の豪華さに魂が抜け落ちたように立ち尽くす俺を後ろから抱き締めた。 「あかりちゃん、その気になってくれた?」 魔法が溶けるように、その声に我にかえる。 危ねー。 俺、何やってんだ? こういっちゃ、身も蓋もないけど、お金の力は偉大だ。 この俺ですら、バカぼんの経済力の前にあっさりと落ちかけてしまっていた。 腕を振りほどき、正面から向き直った。 「コホン。その前に御手洗いに行かせてもらいます」 「行かなくていいよ。スカトロ、嫌いじゃないし」 「は?」 「いいから。あかりちゃんのなら、平気だよ」 この前の我慢大会は勘弁だ。 変態ヤローに軽蔑の眼差しを送りつつ、冷たく言い放つ。 「そんなわけにはいきません」 「平気だって」 「ちょ、ちょっと」 バカぼんが、俺の下半身をまさぐってきた。 どこをさわってるんじゃ!男だってバレるじゃん! 「オラッ お前が平気でも、こっちが平気じゃないんだよ! 黙って待っとけ!」 半分男に戻りながら、トイレに逃げ込んだ。 トイレとバスはセパレート。 さすが、スイートだ……なんてことに感心してる場合じゃない。 「あかりちゃん、出てきてよ♪」 バカぼんが、浮かれた声でノブをガチャガチャする。 ガキか、こいつ。 こうしちゃいられない。助けを呼ばなきゃ。 今後のこともあるから、なるべく穏便に。 貞操は死守。 どう、切り抜ける? 俺は、スマホを取りだしてユウジの番号を呼び出した。 いや、待て。 ここは、ユウジよりタロー? 坊っちゃんがいるし、おあつらえ向きな部屋もある。 あとは、ここに依頼人とタローがくれば、依頼は遂行できるんじゃねぇ? 自分の思い付きに満足しながら、電話でタローに事情と計画を説明した。 『わかった』 「なるべく早く来て! それまで、なんとか籠城して耐えるから!」 会話の途中でピーンポーンと軽快な音が鳴り響いた。 タローのクスリと微笑む気配に嫌な予感がする。 『トイレから出てドアを開けな』 「え? タローさん、もう着いたの?」 早すぎる登場に訝しく思いながらも、通話状態のままトイレを出ると、先にバカぼんが玄関がわりのエレベーターの入り口に向かっていた。 「何? 美人ないい女じゃん?」 バカぼんは、少女マンガに出てくるヤンキーみたいに口笛を吹いて囃し立てた。 視線の先には、依頼人とユウジ。 !? タローじゃなくて? ユウジ?? どういうこと? もとから、スタンバってたってこと? 俺はぎゅっとコブシを握りしめた。 俺に任せるって言ってたのに…… バカぼんの後ろから、坊っちゃんが駆け寄ってきた。 「タカオ! どうしてここにっ!!」 ??? 違和感を覚えながら、その様子を眺める。 タカオは依頼人の本名だ。 現在の姿はどこから見ても女。 男子高校生当時の面影は、全くない。 「ん? タカオ?? どこかで聞いたような??」 バカぼんが眉間に皺を寄せて何かを思い出すような素振りをみせるが、ユウジは軽薄そうな笑みを浮かべ、言葉を続ける。 『タカオ? あいつに抱かれたの? 俺が上書きしてあげる』 「その言葉……一体、君は何者? タカオ、何をするつもり?」 坊っちゃんが呆然と呟く。 その言葉を無視して、ユウジは依頼人の手をひいて奥のベッドルームに進んだ。そして、依頼人の首筋に顔を埋める。 『あ、あいつの匂いだ。ちゃんと痕跡が残ってる……中にもあいつのが残ってる?』 やっと、理解する。 依頼内容は、坊っちゃんの目の前で過去の状況をそのまま再現すること。 もう、始まってるんだ。 ユウジが演じているのは当時の坊っちゃん。 『あいつにはどう触られた? こんなことされた?』 「ん……あ、あっー。先輩、ひどい……ヤダ、やめてっ!」 「この孔にあいつが入ってた……」 ベッドルームでは、依頼人が下肢をひんむかれ、ユウジが中指を埋めている。 タローに負けず劣らず、大人の色気が垂れ流されている。 思わず、その表情に腰にきそうになる。 ……ユウジのセックス。こんな顔するんだ。 モヤモヤした感情が胸の奥に広がる。 仕事だから。これは仕事。 動揺するな、俺。 言い訳するように自分に言い聞かせる。 ユウジは、グチュグチュと見せつけるように依頼人の排泄孔を両手で拡げた。 燃えるような紅い粘膜が顔を覗かせる。 「あんっっ」 指が4本出入りする。 もう、十分と判断したのだろう。 ユウジが剛直を引き出すと、孔にねじ込んだ。 依頼人が身をよじる。 「いや、やめて……あっーー」 小刻みに下肢を揺らし、艶かしい二人の呼吸が重なる。 演技? 本気の喘声? わからない。 それ以上見ていられなくて、俺は目をそらせた。 握りしめた指先がじんじんする。 てか、セックス担当はタローじゃないの? なんで、嬉しそうにセックスなんかしちゃってるんだ? ひょっとして、セックスしたいから無理矢理タローと交代した? エロユウジめ! 心の中で思いっきり罵倒する。 「おいおい、いきなりセックス? 豊日、お前が呼んだの? 3Pじゃなくて5Pやるつもり?」 バカぼんがまじまじと二人の繋がりを観察しながら、揶揄するように眉をあげる。 坊っちゃんは問いには答えずにずいと進み出ると、無言でユウジに殴りかかった。 反動で二人の繋がりは外れ、ユウジの体はベッドから落ちた。 「「キャーーー」」 バカぼんと俺の口から悲鳴があがる。 なんだ? 突然!! 坊っちゃん、あんた、そんなキャラかよっ!! 俺は思わずユウジに駆け寄った。 ユウジの唇から血が一筋たれる。 「なんのつもりだ? 何がしたいんだ?」 坊っちゃんはハアハアと息を荒げ、怒鳴るように叫んだ。 あたりは、水をうったような静けさにつつまれる。 「あなたがしたことを思い出して欲しくて。あのとき、あなたは自分の親友の痕跡が残っているというだけで……嫌がる私を無理やり抱いた」 「ちがう、君をいとおしいと思ったから……」 「あなたは興奮していた。私に対してじゃなくて、痕跡に。初めて見た。いつも冷静なあなたが興奮した姿……」 「ちがう!! 君はずっとそんなことを思って俺と付き合ってたのか?」 「そうよ。ずっと、知ってた。あなたが本当は誰を好きなのか。思い出しなさいよ! あのとき、何を求めていたのか?」 「ちがう! 君は俺の恋人だろ?」 「恋人って言える? セックスはあのときの一回だけ。あなた好みの女の体に変えても抱いてくれない。どんなに鈍感な人間でも気付くよ。私には手を触れないのに、彼の抱いた人は今も抱き続けている」 「ちがうっ!」 「ちゃんと調べたんだから。彼が抱いた人じゃないとダメなんでしょ? 勃起しないんでしょ?」 「うるさいっ!」 まさしく、狂気にとりつかれた男の顔だった。さっきまでの品のよい坊っちゃんの面影は全くない。 「うるさい、うるさい。悪いか? そうだよ。興奮したよ。親友の抱いた体だと思ったら、衝動を止めることができなかったよ!!」 「え、豊日? お前……」 バカぼんは目を見開いたまま凍りついた。 坊っちゃんは、開きなおったのか、バカぼんを睨み付けるように口の端で笑った。 「初めてのセックスがそれだったから、それ以来、お前の寝たヤツしかたたなくなった。お前の寝たヤツ、全てと寝たよ。男も女も関係なしに。みんな喜んで股をひらいたよ。誰一人、お前に操をたてるヤツなんていなかったさ」 「なんだよ、それ……」 「そのままだよ。お前が寝たヤツは、例外なく、お前に本気のヤツなんていないってこと。誰にも愛されてなかったんだよ」 「……そ、それがなんだよ!……それで俺はいいんだよっ、お前に関係ないだろっ!」 「関係ある」 「は?」 「関係ある……俺にしておけよ。お前が俺以外と寝なければ、俺もお前以外と寝ずにすむ」 「え……」 「これからは、俺が満足させるから」 「は……はは……」 バカぼんが力なく笑う。 なんだ?坊っちゃんとバカぼんは、うまくおさまったのか? 「おい、行くよ?」 ユウジが俺の耳元で小さく呟いた。 いつの間にか、身支度を整えている。 「いいの?」 「うん。これにて任務完了」 見つめ合う坊っちゃんとバカぼんを残し、そっと部屋を離れる。 ドアの前で振り返ると依頼人と目があった。 晴れ晴れとした笑顔を向けられる。 ま、これで良かったのかな? うん、良いに違いない。 俺は納得すると、バタンとドアを閉めた。

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