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[4]タローが逮捕?
「筆下ろしが必要なら遠慮なく言って?」
「はぁ? 全く、必要ないから。大体さ、ユウジさんはバリタチでしょ!」
「処女を捧げてもいいよ?」
「はぁ? 死ね」
あれからずっと、ユウジからセクハラめいたからかいが続いている。
ホント、しつこい。
その度に、全力で否定するんだけど、それが却って喜ばせている気がする。
全く、小学生みたいな人だ。
俺はため息をついて振り返った。
「じゃあ、筆下ろしをお願いします。タローさん」
「ええ? 俺?」
「俺、タローさんの方が断然好みだから。なんなら、俺の処女ももらってください」
「お? 早速、寝室にいくか? 天国を見せてあげるよ」
タローが俺の耳元にゾクゾクするような官能的な声で囁き、肩を抱いた。
ドキリと心臓がはねあがった。
ドキドキドキ
うわぁ、本気で落とされそう。
やっぱり日本一の竿師は違う。
「はいはい、冗談冗談! あんまり可愛く怒るからつい……もう、言わないから」
このまま抱かれちゃってもいいかもと思っていると、ユウジが慌てて引き留めた。
その本気の慌てぶりに、ちょっとだけ溜飲が下がる。
「約束してね? これ以上しつこくすると、セクハラで訴えるからっ!」
「へいへい」
「本当だからね! もう一度確認するけど、俺はユウジさんのこと、これっぽっちも好きじゃないからっ!! ちゃんと覚えておいてっ!!」
「はーい。子猫ちゃんが俺の事を好きだとは、二度と言いません」
はぁ? 言ってるし。
俺は、思いっきりユウジを睨むと、「夕飯の買い出しに行ってくる」とドアを思いっきり叩きつけた。
視界の端にユウジのニヤニヤ顔が見える。
ムカつく。
夕飯は、ユウジの大嫌いなニンジンのフルコースにしてやる!と心に決めて自転車で坂道を掛け降りていく。
家は山の上にあって、車か自転車しか交通手段はない。
一応、別荘地で何軒か建物はあるのだが、山頂はうちの家だけで、めったに他の住人を見掛けない。
いつものように自転車で下っていくと、見知らぬ車が道を塞ぐように停まっていた。
何かあったんだろうか?
見たことがない車。
自転車を停めて中を窺うと、急に背後から肩を叩かれた。
「うわぁぁ、びっくりした!」
確実に体が飛び上がった。
てめぇー、気配なく近づくな、つーの。
ムクムクと沸いた怒りを隠さずに振り返る。
そこにはスーツ姿の眼鏡の男が立っていた、
「あ、ごめんごめん。きみ、この上の別荘の人?」
二人の知り合い?
短髪に精悍な顔つき。
仕立てのよいスーツを着こなし、洒落た眼鏡が理知的な魅力を加えている。
一見、普通のエリートサラリーマンのように見える。
けど、目が笑ってねーんだよな……
目の奥の眼光がするどく、ただ者ではない気がする。
ヤクザ屋さん?
警戒信号がチカチカ瞬く。
「怪しいものじゃないです。こういうものです。ちょっと事情を聞かせてもらえますか?」
男が懐から出したもの。
ドラマでよく見る黒いやつ。
そう、警察手帳。
「な、な、何っすか?」
わ、俺、動揺が駄々漏れ。
違うよね?
この刑事さん、単に道に迷っただけだよね?
ほら、ここは辺鄙な山道だし……
それとも、単なる見回り?
うん、そうだ。そうに決まってる……
「強姦屋って、知ってる?」
ひぇーーー、やっぱり、そっち??
どうする?!
「その様子だと、知ってるよね? 竿師のタロー……君は彼を知っているはずだ。隠しても無駄だよ?」
キラリと眼鏡が光る。
し、知りましぇーん。
そんな人は、ここにはいません。
俺は心の中で必死に否定しながら、首を横にふり続けた。
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