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ターゲットは前科五犯

あー、眠い。 真上からの日差しがポカポカと暖かい。 サヤサヤと木の葉を揺らす爽やかな風に、俺はうっとりと目を閉じた。 このまま眠ってしまいたい。 キャッキャとした子供のはしゃぎ声に顔をあげると、ブランコが勢いよく揺れていた。 向こうの砂場では、小さな子供が黙々と山をつくり、手前の木陰では若いママ達が井戸端会議に夢中になっている。 「こんにちは」 「あら、こんにちは」 「今日は日差しが暖かいですね」 作業服の男が公園に現れ、ベンチの老夫婦と挨拶をかわす。 「こんにちは」 今度は、犬の散歩をしているおじいちゃんにも挨拶をする。 男は、にこやかに周辺の人々と挨拶を交わしながら公園の奥にすすむ。 「お疲れ様。やぁ、待たせたね。今日も可愛いね」 そう言いながら、俺の隣に座った。 はぁ? 可愛くねーし。 1回死ね。 俺は無言で男を睨んだ。 男はカバンから弁当箱を2つ取り出すと、その1つを俺に差し出した。 俺は、それを受け取る。 「お昼作ってきたよ! オススメはタコさんウインナー♪」 「……いただきます」 俺は、2週間前の森との会話を思い出し、ため息をついた。 ターゲットは、柳山という名の23歳の男。 前科五犯。 すべて、子供に対する性犯罪。 『なんだよ、それ……ペドフィリアってやつ? 23歳で五犯ってあり得るの??』 『そのうちの三回は、俺が逮捕した。明るみに出ていないものを含めると被害者はかなりの数になるだろう。被害者の中には、PTSDで社会生活を送れない子もいる。そうじゃなかったとしても、傷を背負って長い将来、生きなければならない』 『酷い! 許せないっ! そんな卑劣な犯罪を繰り返すやつなんて、去勢すればいいんだ!!』 『その通り。やつを去勢しろ。そうでなければ、この先も犠牲者は増え続ける。方法は任せる。強姦して精神的に不能としてもよし、完全に雌に調教するのもよし。兎に角、やつが2度と罪を犯さないようにしろ。それが依頼内容だ』 柳山は、先月出所したばかり。 更正施設で板金の作業員として働いている。 スラリとした長身に彫りの深い目鼻立ち。 如何にもモテそうな雰囲気で、その気になれば相手には困らないだろう。 コロコロとボールが転がってきた。 柳山は、アルミの弁当箱を置き、足元のボールを拾うと「はい、どうぞ」と子供と同じ目の高さになるようにしゃがんで手渡した。 「あーーとう」 「ありがとうございます」 傍らの母親も気付き子供と一緒にお礼を言う。 子供も母親も笑顔。 「いえいえ」 柳山も笑顔で答える。 どこにでもある、のどかな風景。 ……に、みえるんだけどなぁ。 はぁ。 またもや、ため息がもれる。 依頼の翌日から、柳山を張り込んでいる。 7時半に出勤し、12時に昼休憩。 5時に退勤。 帰りは寄り道せずに、まっすぐ帰宅する。 そして、夜9時には就寝。 判で押したような生活。 尾行初日の昼の公園で、柳山に声をかけられた。 気付かれたんじゃなく、単なるナンパ。 話を聞いているうちに、1ヶ月、手作り弁当を食べることになってしまった。 そして、現在に至る。 卑劣な犯罪を犯すタイプには思えない。 仕事は真面目だし、生活の乱れもない。 文句の付け所のない毎日規則正しい健全な生活。 笑顔を絶やさず、その上、お年寄りや困っている人にも親切。 すごい、好青年なんだよなー。 ……うざいけど。 人間は悪くないと思う。 ……うざいけど。 お弁当もおいしいし。 「ごちそうさまでした」 隣から手を出され、空の弁当箱を渡す。 柳山は、それをカバンにしまって立ち上がった。 促されるまま、並んで歩く。 「僕さ、子供が好きなんだよね。いや、子供しか好きになれないんだよね」 「え?」 俺はぎょっとして、目を見開いた。 なぜ、今、そんな話を?? 「それでさ、前科ついて、悪いことだから反省して性癖をなおすようにって強要された。僕だって治るなら治したい。でも、子供に恋する気持ちをとめることはできない」 「…………」 「僕はいつだって真剣に恋愛しているのに、周りの大人に引き離されて、逮捕される。そんなに子供と恋愛するのは悪いことなんだろうか?」 「それは、悪いっしょ? だって、子供だよ? まだまだ、世の中を知らない無垢な存在だよ? それに手を出したらだめでしょ。好きなら、大人になるまで待ちなよ」 「……待てない。僕の愛は期間限定だから。だって、子供は成長するでしょ?」 「それは、愛なの?」 「愛だよ」 言葉につまる。 ホントに、それは愛? じゃあ、期間を過ぎてしまったら愛はどこにいっちゃうの? 頭の中がぐるんぐるんと渦をまく。 愛ってなんだろう? わからなく、なってきた。 「でも、もうそんなことは関係ない」 「え?」 柳山が俺の手を引いた。 「うわぁ」 トイレの個室に押し込められる。 「見つけたよ。運命の人を」 柳山の顔で視界が覆われる。 その瞳孔の開いた目は、明らかに狂気に彩られている。 「子供だけにしか欲情できなかった僕が、初めて欲情できた人。それが君だ」 背筋を冷たいものがはしる。 「君はもう成長しない」 なんだって? 決めつけんなー! まだまだ、成長期だっつーの!! って、突っ込んでる場合じゃない。 早く、逃げなきゃ。 「君は僕の運命の人だ。君となら誰にも邪魔はされない」 それ、人違いだから。 絶対に運命じゃないから。 必死にもがく腕を拘束され、やつの唇が重なる。 ヌルリとしたものが、口腔に侵入してくる。 「んんっ」 悲鳴が、重なった唇に吸い込まれる。 た、助けてーーー 誰か! 助けてーーー!!! カチャリ。 ドアを背にした柳山の背後で、施錠音が虚しく響いた。

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