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依頼人のキモチ?
「はい! 打合せはこれで終わり~! 二人は明後日まで一緒に待機ね?」
「えっ! なんだよ、それ? 解散して当日に集合したらいいんじゃないの??」
「こらこら、サボったらダメ。お世話係の仕事でしょ? それに、計画通りに進むとは限らない。いつ出動してもらうことになるかわからないでしょ?」
げ、最悪。
こんなヤツと明後日まで一緒なんて耐えられるか? 俺。
ユウジは戸惑う俺と依頼人をその場に残し、後ろを振り返ることなく、さっさと店を出ていった。
慌てて後を追おうと立ち上がった俺の背後から、はぁっと聞こえよがしなため息。
ムカッ!
こっちの方がため息つきたいっつーの!
席に戻ったものの、気まずい沈黙が流れる。
「えっと、これからどうします? ああは言われたもののやることはないですし、一旦解散しましょうか?」
まだ朝だ。
明後日の夜まで時間は腐るほどある。
ここは解散して、明後日の夕方に集合するのが現実的だろう。
この人も見ず知らずの俺といるより、きたる時に備えて心の準備が必要だろうし。
ごくごくとコーヒーを一息で飲み下し、視線を依頼人の顔に戻す。
依頼人は無言で親指の爪をガリガリと噛んでいる。
黒々とした分厚い前髪と瓶底眼鏡が、目元を隠して表情が読み取れない。
やがてポツリと呟いた。
「帰らない」
「はい?」
「あいつらの隣の部屋をとっている。今夜から待機する予定だった。このままチェックインの時間までここで待つ」
なんでそこまで? という言葉を喉元で呑み込む。
ターゲットの泊まる部屋はスイートだ。
一泊、相当な金額になる。
それを三泊もなんて。
依頼料だけでも、高額なのに……
さっきから何度も心の中で繰り返している。
なんで、そこまで……
長年の屈折した思いがあったとしても、ここまでするものだろうか?
「絶対にあいつを不幸にしてやる。二度と恋愛出来ないようにしてやる」
依頼人の言葉が悲しく響く。
どんな人生を送ったら、こんな考え方に到達するのだろうか?
「あんたさ、気に入らないヤツは全部、こんな風に陰で画策して貶めてるの?」
「え?」
「だって、リア充なんて村壁さんだけじゃないでしょ? 今の仕事場で恋人がいる人は、腐るほどいるはず。その人たちにたいして、いちいち、うちみたいなところを雇ってるの?」
「うるさい。目障りなのは、あいつだけ。それ以外はどうでもいい」
「じゃあ、村壁さんのことも放っておいてあげなよ? あんたの生活に支障はないんでしょ?」
「お前、客にそんな口の聞き方していいのかよ! 僕が出るところ出たら捕まるってわかってんのか?」
「あんたもね」
依頼人は、ぐっと言葉につまった。
そうだ、俺だってこのまま引き下がるつもりはない。
言葉を畳み掛ける。
「この先さ、気に入らない人が出る度にこんなことを繰り返していたらダメだと思うんだよね。道義的っていうより、あんたにとってさ」
「……うるさい。今回だけ……あいつ以外にやるつもりはない」
「どうして? 村壁さんだけって、なぜ言い切れるの? 先のことはわかんないじゃん?」
「あいつだけなんだよ! あいつだけが僕の心を引っ掻き回すんだっ!! 見たくもないのにあいつを見てしまうし、あいつが結婚する……誰かのものになるって思うだけで居ても立ってもいられなくなるんだよっ!! こんな気持ちになるのはあいつだけ。だから、この先、あいつのこと以外にこんな依頼をすることなんてないっ!!」
はぁはぁと呼吸を荒げながら、一気に捲し立てた。
よくみると、目尻に涙が浮かんでいる。
眼鏡を取り、目頭を押さえる。
この人……
「さっきさ、逆恨みっていっちゃったけど、違ってた。ごめん」
カチリと目の前のグラスから氷の溶ける音がする。
依頼人は、黙って俺の言葉を待つ。
「それさ、恋だよ。あんた、村壁さんに恋をしてるんだ。それで、嫉妬してるんだ」
「そんな訳あるか! あいつも僕も男だっ!」
「だから? 男だから?」
「恋愛は男と女でするもんだ」
「どうして? 男同士で恋愛できないの? 絶対に?」
「絶対にって言われると……そんな趣味のヤツがいるかもしれないが僕は違う」
「じゃあ、あんたは好きな人いるの?」
「……いない……」
「過去には?」
「…………」
「いるの? いないの?」
「……いない」
「好きになったことないのに、なんで自分は男が好きじゃないって言い切れるの?」
依頼人は、とうとう、うつむいた。
眼鏡を取り去った顔は、今までが嘘のように心中を雄弁に映し出している。
最初の勢いはなくなり、戸惑いの色が浮かんでいる。
必要以上に横柄で攻撃的な態度は、本来の自分を隠すための鎧だったのだろう。
迷子の子供のような頼りない表情で、テーブルの上のおしぼりを弄くっている。
「恋? 僕があいつに?」
確かめるように小さな声で呟く。
「そうだよ。間違いない」
自信満々に答える、俺。
実際、どうかはわからないけど、絶対にそうに決まってる。
「ということで、今回の依頼はキャンセルってことで……」
「待った。それとこれは違う。キャンセルしないから」
「はい?」
俺の言葉に被せるように、依頼人から待ったがかかる。
「恋ならなおのこと、依頼を遂行してもらう」
「えっ?」
「二度と女と出来ないようにトラウマとなるような強姦をしろ」
「…………」
「金輪際、勃たなくなるような……後ろでしか快感を得られないな……すごいセックスをするんだ」
さっきまでとは別人のように、依頼人の目が爛々と輝き始めた。
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