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二人の関係?

「村壁さんとあんたはどんな学生時代をすごしたの? 例えば、最初の出会いは?」 俺の言葉に、眼鏡を取ったままの依頼人は、思い出すように窓の外を見つめた。 そして、ポツリポツリと長い長い二人の物語を語り始めた。 「僕とあいつは、同じクラスだった。僕は当時から体が小さくて……」 ■ □ ■ 体が小さな僕は、当然、クラスで一番のチビだった。 持病で入退院を繰り返していたため、小学校が初めての集団生活。 公立だと支障があるということで、小中高一貫教育の私立の学校を受験していた。 その小学生活もほとんど出席することが叶わないまま、1年生が終わろうとしていた。 「白豚メガネ猿」 「え?」 「きみの渾名だよ。これから、そう呼ぶから」 久しぶりの登校。 顔をあわすなり、名前もわからない男の子が真っ赤な唇を歪めた。 当時、服用していた薬の影響で体はパンパンに浮腫んでいた。 肥満であったなら、食事療法やダイエットで改良の余地もあっただろうが、自分ではどうすることもできない。 クラスの子供たちに比べて風船のように膨らんだ異質な姿は、誰に言われるまでもなく自分が一番気にしていて、それがコンプレックスとなり元来の消極的な性格にさらに拍車をかけることになっていた。 怖い。 彼の一言で僕の心は完全に萎縮。 心ない渾名にも、拒絶の意思表示できないまま、黙って俯くしかなかった。 「おーい、白豚メガネ猿?」 返事をしない僕を辱しめるためか、その子は声を張り上げた。 「白豚メガネ猿だって」 「やだ(笑)」 「ねー」 クスクスと残酷な忍び笑いがあたりに響く。 ギュッと心が萎む。 怖い。 怖い。 クラスメイトが怖い。 「こら、白豚メガネ猿ってばっ! 返事をしてよっ!」 「し、ろ、ぶ、た、め、が、ね、ざ、る♪」 「おーい、聞こえてる?」 囃し立てる声が、クラスのあちらこちらからあ どうして? 僕の名前はそんなんじゃないのに。 耐えられなくて、ぎゅっと目を閉じる。 鉛筆を持つ手が震える。 「やめなよ」 大きな声だったわけじゃない。 だけど、その声は、周りの喧騒を一言でかき消した。 辺りが静寂に包まれる。 声の主は、すたすたと廊下から教室の中央に移動した。 そこだけが明るくスポットライトがあたるような錯覚に目を瞬く。 圧倒的な存在感だった。 子供たちが周りに駆け寄る。 「村壁くんが言うのならやめる」 誰かが呟くとその子は、ニコリと花が咲くように微笑んだ。 教室の空気が一瞬で変化する。 「昼休みはドッジボールをしよう? 今、職員室でボールを借りたんだ」 「いいね」 「私もいれて」 「俺も」 教室の子供たちは、さっきまでの出来事はまるでなかったかのように、楽しそうな笑い声をあげながら教室を出ていく。 実際、彼とドッジボールをする喜びに、僕の存在は彼らの中から一瞬で消えてしまったのだろう。 誰もいない教室で小さく呟いた。 「村壁」 それが、村壁を認識した最初だった。 ■ □ ■ 学年に1つしかない特進クラスは、成績の上位30名で構成される。 学年で常に1番をキープし続ける村壁はもちろんのこと、成績はほぼ固定されていて、ほとんど顔触れは変化しなかった。 それは高校まで続いた。 変化と言えば、僕の病気は完治し、休みがちだった学校に毎日登校できることになったことと、投薬の中止によりパンパンに浮腫んでいた体がほっそりとしたことぐらいだった。 高校に入学しても、言葉を交わす友人はいないまま。 もっとも、村壁以外、名前や顔する認識できる人は誰一人いなかったからそれは当然だったのかもしれない。 「村壁くん、帰ろう♪」 髪の長いやたらとスカートの短い女が、僕の横を通り抜け、自分の胸をすり付けるように村壁の腕を取った。 一瞬、村壁と目があった気がしたが、気のせいだったのだろう。二人は他人の目線を気にすることもなく、寄り添いながら去っていった。 「げ、レイナ、村壁くんとつきあいはじめたんだ」 「え? 村壁くん、もうミホと別れたの? ミホとレイナって親友じゃなかった?」 「うん、ミホから体で奪ったらしいよ」 「げ、何それっ!!許せない。 どうせ、すぐに捨てられるに決まってる。にしても、ミホに同情できないところもあるよね」 「まぁね、ミホもナナから奪ったんだから因果応報よね」 「それをいうならナナも因果応報じゃん(笑)」 「まあね。村壁くん、エッチうまいらしいよ」 「聞いた聞いた。あのヤリマンのナナが付き合った中で1番のテクニシャンだって言ってたぐらいだもん」 「きゃー、あの顔で囁かれるだけでいっちゃうかも」 「何よそれ!わかるけどさー」 村壁は本人のいないところでも、常に会話の中心だった。 だから、誰とも言葉を交わさない僕の耳にも村壁の情報は容易く入ってきた。 いつの頃からか村壁の隣には、1ヶ月か2ヶ月の周期で特定の女が陣取るようになった。 不思議なことに、どの女も自分のものだとアピールするように村壁の体に絡み付いた。 カタカタと椅子の震える音が聞こえてくる。 それは、小刻みに足を揺らした、自分の貧乏揺すりの音だった。 ムカつく。ムカつく。ムカつく。 なぜだかわからないが、今まで感じたことがないような苛立ちが全身を襲う。 村壁は、どのように女を抱いてきたのだろう。 今ごろは、さっきの女と裸で抱き合っているのかもしれない。 男らしい筋肉で覆われた体が白くて華奢な柔らかな体を蹂躙する姿。 大きな手から溢れる白い乳房。 村壁の大きな体と同じように、きっとペニスも大きいに違いない。 その猛々しく隆起するペニスが突き刺さるのは……。 見たくない。 そんなもの、絶対に見たくない。 村壁の姿を見たくないし、声も聞きたくない。 村壁の噂話だって聞きたくない。 だいたい、村壁なんて、大嫌いだ。 最初から、嫌いだった。 村壁のいないところに行きたい。 あいつが絶対に行かないような地方の大学に行こう。 僕は希望どおり、村壁のいない地方大学に進学した。 村壁のいない生活は順調で、このまま彼の存在を忘れるかのように思えたのだけど、それは甘かったと思い知らされたのは、就職して2年がすぎ、3年目の春のことだった。

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