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本当の依頼?
「それで二人の再会はどうだったの? 村壁さんは院卒だから2年遅れで入社してきたんだっけ? 」
俺は身を乗り出して、話の先をねだった。
あんなに鼻について嫌な奴だったはずの依頼人が、ちょっぴり可愛く見えるのは気のせいではないはず。
「そうだ。新人として俺の下に配属された村壁は、初めましてって挨拶してきた。12年間同じクラスで過ごしたのに……俺のことなど、全く覚えていなかった。その癖、妙につっかかってきて」
社会人になった村壁は学生時代そのままの要領の良さと優秀さで仕事もプライベートも充実。
そして極めつけは、会社で1番の美人と婚約。
「あれ? どうやってうちの存在がわかったの?」
「それは、チラシを拾って」
「ん? チラシ?? チラシなんて作ったことあったっけ……」
トウルルル
話を遮るようにテーブルの上のスマホからの着信音。
ユウジからだ。
「予定変更。ターゲットが女と一緒に今チェックインした。依頼人をこっちに連れてきて」
「げ、明後日じゃなかったのかよ」
「とにかく、早くきて」
ガチャリと通話が途切れた。
なんだよ、もう。
スマホから目をあげると、依頼人が伝票を手に立ち上がっていた。
はやっ!
「やつらは、もうホテルに行ったんだろ。早く行くぞ」
「もう一度確認するけど、本当にいいの? さっきさ、そういうところ……エッチしてるところ見たくないって言ってたよね? 」
痛いところをついてしまったのか、キッとものすごい目で睨まれた。
「僕の意思で雇った男に犯されるのは別」
「ちょ、待って」
走るようにレジに向かう男を慌てて追いかける。
電車を乗り継いでホテルに到着すると、ロビーでタローが待っていた。
皮のライダージャケットにジーンズ姿。
戦闘態勢のタローは、野性味溢れ、雄の色気が漂っている。
俺たちに気付くと、軽く手をあげた。
「行くぞ」
「え? 段取りは?」
「ユウジが上で待ってる」
俺は依頼人を振り返った。
ギュッと両手を握りしめて、泣きそうな顔をしている。
「そんな顔をしてるけど、本当にいいんだね? 今なら引き返せるよ?」
依頼人は、すっかりかけ忘れていた眼鏡を胸ポケットから取り出すと装着した。
途端に瓶底眼鏡に隠されて、表情が読めなくなる。
てか、眼鏡ナシで普通に過ごせるし、いらなくない?
ひょっとして、伊達眼鏡?
「しつこいな。いいって言ってるだろっ!」
へーへー。
ふてぶてしさも元通り。
この眼鏡は、自分の心を守るための鎧ってことか。
だけどさ、折角、心配してるのに、もっとさ、なんかあるんじゃね?
……もう、知らねぇ。
俺は舌打ちをするとエレベーターに乗り込んだ。
部屋の前には、どうやって手にいれたのかホテルの制服に身を包んだユージが待っていた。
俺たちの姿を認めると、個室のドアのチャイムを鳴らした。
「はい」
「ルームサービスです」
「開けるので、ちょっと待ってください」
中から村壁と思われる男の声がし、カチャリと解錠の音がした。
ドアが開くと同時にタローが押し入る。
「何だ、君たちは!」
「きゃー」
タローは、流れるような動きで長身のイケメンをベッドに押し倒した。
タローの手際がすごいのか、イケメンは全く抵抗せずにされるがまま。
逆に、悲鳴をあげ呆然と立ち尽くしていた巻き髪の美人が、すぐに我にかえり備え付けの受話器を手に取った。
「おっと、それは待って」
ユウジがその手を素早く封じる。
「君はここで観賞よ?」
ベッドがよく見える位置で暴れる彼女を羽交い締めに固定する。
そうしている間にも、タローが村壁のズボンを引き下ろして尻をむき出しにした。
あらわになった蕾にローションに濡らした指をクプリと差し込む。
「んっっ。あっー」
ネチャネチャと恥ずかしい水音が響く。
苦悶の表情を浮かべ必死に耐える表情が、なんとも艶かしい。
壮絶な色気が漂っていて、こっちまでおかしな気持ちになる。
これが魔性?
数多くの女がこの男を手に入れたいと争うのも、十分過ぎるほど納得だ。
「ほら? ここの前立腺、刺激すると堪んないだろ? もっと良くしてやる」
タローが甘く囁きながら指の動きを穿つようなものに変化させた。
手の動きがだんだん激しくなる。
「んっ はっ」
快楽という名の拷問。
前立腺をこんな風に擦りあげられたら、どんな男でも音をあげるに決まっている。
依頼人は、快楽に悶える村壁から目を逸らして耳を塞いだ。
「あっーー」
一際高い声をあげ、白濁が吐き出された。
村壁の荒い息が静まり返った部屋に響く。
「後ろだけでいけちゃうなんて、才能ありすぎ。もう、女はだけねえな。そこのねーちゃんの体ではこんな快楽はえられねぇぜ?」
タローがニヤリと女を挑発した。
女はタローを睨み付けると負けじと言い返した。
たおやかな見かけによらず逞しくて、根性がある。
さっきも、顔を背けることなく凝視してたし。
「な、何よ! 私と彼の仲はこんなことでは壊れないんだから! 私の体で忘れさせてあげるんだから」
女が村壁の体にすがり付いた。
吐精の後遺症か気だるげな動作で、優しいけれどキッパリと体を引き離した。
「その人の言うとおりだ。もう、君を抱けない。俺のことは忘れて、他の人と幸せになって欲しい」
「嫌! 私は絶対に認めないんだからっ!」
「女の人はもう、無理。ごめんね。君のことは好きだった。最後の彼女だ。今まで楽しかったよ、ありがとう」
村壁の揺らぎない言葉に、とうとう、女は黙ってうつむいた。
静寂があたりを包む。
そのまま数分過ぎた頃、「あーもう!」と女は叫んだ。
「わかった。別れる。ホモなんてこっちから願い下げよ。さようなら。二度と話しかけないでね」
吐き捨てるように呟くと、女は荷物を持って部屋を出ていった。
目尻のマスカラが滲んでいたのを俺は見逃さなかった。
彼女なら、もっといい人が現れるはず。
幸せになれ。
心からのエールを送る。
「さて、依頼に取りかかろうか?」
ユウジの言葉を合図にタローが動く。
村壁はいつの間にか衣服を整え、ベッドからソファーに移動していた。
「依頼?」
ユウジを振り返ると、不敵な微笑みを浮かべている。
なんだ? この雰囲気は?
「君のことだよ」
タローが今度は依頼人をベッドに引き倒した。
手際よく衣服を剥ぎ取る。
さっき村壁にしたのと同じようにでその蕾に手を伸ばした時だった。
「ここまででいい」
制止の声があがる。村壁からだった。
「依頼はここまで。あとは俺がする」
さっきまでの好青年が嘘のように獰猛な肉食獣に豹変している。
ペロリと舌舐めずりするのが獲物を追い詰める豹のようで妙に様になっている。
「やっぱり、彼を誰にも触れさせたくない。やり方は身を持って知ったし、君たちの力を借りなくても大丈夫。これで依頼は終了。ありがとう」
邪魔者は出ていけとばかりの態度。
状況についていけないのは、俺ばかりではなく依頼人もだ。
目をパチクリさせながら問いかける。
「村壁、これはどういうことだっ!!」
そうだ、そうだ。
どうなっているのか説明しろっ!!
俺も心の中で思いっきり頷く。
村壁は目を三日月の形にして笑った。
否、目の奥が笑ってない。
一見爽やかなイケメンに見えるけど、油断ならない怖さがある。
獲物を前にして、フェロモン全開。
「わからない? 君は昔から頭が良い割には理解力が足りないよね? ……ま、そーゆー所が可愛いいんだけどね」
「え……何? よく聞こえなかった」
「とにかく、本当の依頼人は俺。君の体を開発するのが俺の依頼内容」
村壁が色悪な微笑を浮かべる。
喉の小骨のように引っ掛かっていた違和感が、村壁の言葉でスルスルと解消される。
配るはずのないチラシ。
社会性ナシで調査能力が皆無の依頼人が、泊まる部屋から二人の予定の情報を労せずに手に入れられた理由。
全く抵抗しない村壁。
そして、1番の違和感は俺だ。
本来、お世話係は依頼人ではなく、ターゲットの世話が仕事。
俺がこの人に張り付かされていたのは、依頼人ではなく、ターゲットだったから。
周到に仕組まれていた。
この人の周りにわざと目につくように強姦屋のチラシを落とし、思わず依頼したくなるように情報を操作。
ずっと前から動いていたんだ、この人たちは。
「どうして教えてくれなかったんだよ……」
「知ってたら不自然になってたでしょ? これは意地悪じゃなくて俺の優しさだよ?」
……いつも、いつもこれだ。
入り込む余地のないタローとユウジ二人だけの信頼関係に、胸がモヤモヤする。
俺だってちゃんと出来る。信頼して欲しい。
「もう、いいかな? 二人だけにしてくれる? これから、彼の処女を奪わなくちゃいけないし」
「それは、彼女と別れさせた仕返しなのか? ……別に村壁が直接手を下さなくても、この人たちに犯されることで構わない。その方がいい……お前じゃないほうが」
依頼人の声が震える。
こんな形で、抱かれるのは我慢ならないのだろう。
だって、この小心者が強姦屋なんてものすごく胡散臭いのに依頼してまで邪魔をするくらいなんだから。
「へぇ? 俺よりこの人の方がいいんだ? 抱かれたいんだ 」
「……そうだ」
「ますます、俺が抱かないと気がすまないな。償いをしてもらおうか?」
村壁の言葉が依頼人の心に鋭く突き刺さったのがわかる。
もう、やめてあげて。
「この人、あんたの事が好きなんだ。いたぶるのはやめろよ」
「知ってる」
「だったら、もっと配慮してあげなよ」
「配慮なら十分してる。あなたが一緒に泊まる予定だったお世話係だろう? 二人っきりで2泊もするって聞いたから、予定を早めたんだよ」
俺に背を向け、依頼人を正面から見据える。
「そうだよ。12年間、ずっと君だけを見つめてきた。今の会社も一緒にいたくて追いかけて入ったんだよ」
「うそだ。村壁の隣にはいつも女がいたじゃないかっ!!」
「嫉妬に狂った目を向ける君を見たくて彼女たちを利用してきたって言ったらどうする?」
どうするも何も、思いっきりひきますけど??
心の中でひっそりと答える俺。
この人、かなり最低じゃん。
完全アウトだよ。
村壁は依頼人の眼鏡を外した。
「嬉しい」
二人の距離はみるみるうちに縮まり唇が重なった。
依頼人が少女みたいに嗚咽をもらして泣き崩れる。
「これからは、君だけだ」
甘い言葉を囁き、また唇を重ねる。
あー、はい、はい。
外野のことは忘れて、思う存分、二人の世界に浸ってくださいな。
抱き合う二人の向こうで、ユウジとタローが目配せを送ってきた。
退出の時間ね?
俺は、テーブルの上の瓶底眼鏡を手に取った。
やっぱり、度が入っていない。伊達眼鏡だ。
もう、これは依頼人には必要ない。
ありのままを受け入れてくれる人がいるのだから。
そっとポケットにいれると、ユウジとタローの後を追った。
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