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打倒、すっぽんのユウジ?

全力で拒否したにも関わらず、ユウジにうまいこと丸め込まれてしまう。 学生時代にディベート大会で世界王者となったこの人に敵うはずがない。 命じられたミッションは、『駅前のオープンカフェの道路に面したテラス席に開店から閉店まで座る』というもの。 「そのカフェ……俺の元バイト先。いろいろあったし、行きたくない……そこじゃないとダメ? しかも、その席、かなり目立って恥ずかしいし」 1ヶ月前に何の前触れもなく、そのカフェを首になった。 すぐに見つかると思っていた次のバイトも、何故かことごとく落ち続けた。 路頭に迷う寸前の切羽詰まっていた時に、ユウジに声をかけられたのだ。 「金剛組の事務所がすぐ近くなんだ。だから、そのカフェじゃないとダメ。つべこべ言わずに、大人しく座ってなさい」 「でも、バイトの時、ヤクザなんて見かけたことなかったけど?」 「ヤクザも上になればなるほど、ヤクザっぽくなくて好々爺に見えるんだ」 ヤクザの実態はわからないが、座っているだけでいいなら俺にも出来そう。 ハニートラップみたいなお色気勝負は無理だけれど。 何を隠そう。 俺は童貞。 しかも、彼女いない歴=年齢という色事に無縁な寒いヤツなのだ。 告白は何度もされたことがあるし、チャンスがなかったわけでもない。 けど、ここだけの話、『初めては最高に愛する人と♪』って決めている。 「本当に座っているだけで、お近づきになれるの? 抗争中で警護の人とかいっぱいいるんでしょ? 第一、そんなエライ人は1人で外出しないんじゃねーの?」 「とりあえず、やってみようよ? ダメだったら次の手を考えるし」 ユウジは、自信満々に微笑んだ。 絶対に無駄だと思うが、そこまで言うのならやるしかない。 覚悟を決めて、一番目立つ席に陣取る。 元バイト仲間が、そんな俺を遠巻きに眺める。 うう、心が折れそう。 「お前、大丈夫?」 居心地の悪さに俯いていると、元バイト仲間がおずおずと近づいてきた。 「何が?」 「逮捕されたんだろ?」 「逮捕?」 「刑事が何度もきて、お前のことを調べていったぞ」 「え!」 もしや、強姦屋のことが警察にバレた? 青くなる俺に、バイト仲間は言葉を続けた。 「何か月も前だから、もう、釈放されたのか?」 ん? なんだ? 「それって、いつのこと?」 「だから、お前がバイトをやめる1ヶ月くらい前。あまりにも刑事がきて、営業に支障がでてきたから、お前は首になったんだろ?」 待てよ。 計算が合わない。 どういうことだ? ひょっとして…… 「その刑事って、毛先が金髪でじゃらじゃらとピアスをしてる人?」 「そうそう。警察って、服装ゆるくて意外だよな? あんなの普通の会社だったらアウトだ」 なわけねーだろ? 警察こそ、アウトだろ? 俺は悟った。 急に解雇になったわけも、次の仕事がなかなか決まらなかったわけも。 仕込みは、そんな前から始まっていたんだ。 「帰る」 これ以上、付き合ってられねぇ。 席を立とうとした時だった。 急に、腕をつかまれた。 「久しぶりだね。急にいなくなったから心配していたのだよ」 店の常連さん。 「心配してくださってありがとうございます。事情があって急に辞めたもので」 自分のことを気に掛けてくれていたなんて嬉しい。 ニコリと心からの笑顔で答える。 「今はどこにいるの?」 「山奥で犬のお世話係をしています」 「そうなの? 山奥って……それは遠いし大変そうだ。いつまでもできる仕事じゃなさそうだし、もしよかったら、うちの会社で働かないか?」 「え?」 「私の秘書をお願いしたい」 そういえば、いつも連れ添っている秘書さんがいない。 この常連さんは大会社の重役で、高級なスーツを着こなし、いつも忙しそうにしている。 このカフェで一服するのが、至福の一時だとよく口にしていた。 社内の研修も請け負っているらしく、連れ歩いている秘書の顔ぶれは毎回違っていた。 「秘書の仕事の経験はありませんが、大丈夫でしょうか?」 「君なら大丈夫だ。早速、引き継ぎをしたい。今から会社に来ることができるかな?」 「今からですか? それはちょっと」 ミッションの途中で持ち場を離れることは出来ない。 あの人たちを困らせてしまう。 ユウジの顔を思い浮かべた途端、さっきの憤りを思い出した。 そうだ。 この仕事を降りようと決心したところだった。 あんな人たち、どうでもいい。 それよりも、優先すべきは新しい仕事。 「いえ、今からお伺いします。是非、よろしくお願いします」 その時の俺はユウジへの怒りに気を取られるあまり、常連さんの瞳が怪しく光ったことに気付かなかった。

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