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出会い

碧人の故郷、真野中市物部村(まのなかしもののべむら)は穏やかな農村だった。 碧人の本名は物部碧人。大地主である物部良成(よしなり)氏の長男だった。 長男というのは形だけで、体の弱い碧人は離れでいつも一人で過ごしていた。 会うのは、お医者様と使用人たちぐらいだった。父様とはご飯も別に食べている。母様は五才の時に亡くなった。 それから、碧人には紅緒(べにお)という双子の弟がいる。体力もあり、頭の回転が早く、文武両道の天才だった。今は東京の陸軍学校に通っている。 当然、父様は碧人より紅緒を可愛がった。 そのことがより碧人の気弱なところを助長させた。 192×年8月下旬。夏の終わり、生ぬるい風のなかに冷たさが混じるようになった。 今日は体調も良く、中庭を散歩してみた。 向日葵が植えられていたが、その向日葵も盛りが過ぎ、花びらの先が茶色になってきている。 (もう夏も終わりだな…) 碧人が感傷に耽っていると、草むらの方でどさりと音がした。 何かと思い、草むらに近づくと、左の前足を怪我した大きな黒い狼のような獣が横たわっていた。 碧人は始め、誰かを呼ぼうとしたが、今は使用人たちが出払っていて、誰もいなかったことを思い出した。 どんどん溢れる血を見て、碧人は一旦離れに戻り、布の切れはしを持ってきた。 獣の左の前足をぎゅっと布の切れはしで縛り、止血を試みた。 じわりと布越しに血が見えるが、それ以上血が出ることはなかった。 次に井戸まで行って、水をくみ、それを獣は少しずつ少しずつ飲んだ。碧人はほっとして、何とかこの獣を介抱できた達成感に浸った。 食べ物も魚が余分にあったため、獣に差し出してみる。 初めは警戒していた獣も、すっかり碧人に心を許したのか、むしゃむしゃと魚を食べた。 「黒い狼さん、一晩ここでお休み」 碧人はポンポンと頭を撫でると、離れへ戻った。もうすぐ使用人たちが帰ってくるのと、あまり外に出ているのが知れると父様に怒られるからだ。 「また来るね」 碧人は本当は離れまで連れていきたいけど、持ち上げて連れていけないことが分かっていたため、そのまま別れた。 次の日。中庭の草むらを見てみると、黒い狼はいなくなっていた。 元気になったのだ、良かったと思う一方、またひとりぼっちになってしまった寂しさも碧人の心の中にあった。

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