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正体

格子窓の隙間から満月が見える。 碧人は寝ないようにひたすら月を見つめていた。そして、考え事をしていた。 おかげで目はすっかり冴えてしまっていた。 考え事は人間を渦の中に引き込む。出口のない迷路に自ら飛び込む行為だと碧人は思った。 じゃりっと石が擦れる音が聞こえる。 (来た!) 碧人は細く扉を開けた。 人影が見える。真っ黒な服を着た男の人。 背はとても高く、顔は…暗くてよく見えない。 腕にはたくさんの花を抱えている。 (今夜は花かぁ…) 碧人は嬉しくなって、たまらず、扉を開けた。 月に被さっていた雲が流れ、中庭が明るく照らされた。 男の顔が近くに見えた。 きりっとした瞳は赤く、鼻筋はすっと通っている。口元にはほくろがあり、色っぽく見える。 思わず、見入ってしまい、「あ、あの…」とどもってしまった。 男は驚いたように碧人を見つめている。 「あの、毎晩ありがとう…お花嬉しい」 碧人が微笑むと、男はだんだん真っ赤になり、すごい勢いで、振り向き走り去ってしまった。 「行ってしまった…」 取り残された碧人は、ぽつりと呟いた。 (また来てくれるかなぁ…?) 〈???視点〉 自分としたことが、人間の武器ごときにやられるなんて。 神に捧げる楓の葉が足らず、人間の土地に下りてきたのが間違いだった。獣の姿で下りてきたのがバレて、猟師の銃で前足を怪我をした。 命からがら逃げ、目に入った屋敷に忍び込んだ。草むらにドサリと倒れ込み、大きく息を吐いた。 がさがさと誰かが近づいてくるが、動くことができない。 殺される そう覚悟したが、顔を覗かせたのは肌の白い青年だった。 彼は心配そうに、俺をみていた。 彼は踵を返して、どこかへ行ってしまった。 誰かを呼びに行ったのか……猟師に引き渡され、皮を剥がれ、売られるのだと思った。 しばらくして、彼が白い布を持って帰って来た。あまり手当てをしたことがないのだろう。慣れない手つきで、俺の腕に布を結びつけ、止血をした。水を飲ませてもらい、魚までもらった。 俺の頭を撫でる彼の手は、細く柔らかかった。 「黒い狼さん、一晩お休み」 彼は優しかった。 あの柔らかい微笑みに胸の辺りが暖かくなった。 「また来るね」 行かないで、と言いそうになったが、堪えた。 俺は今は獣。 人の言葉を話せば、怖がらせてしまう。 でも、彼と話をしてみたい。 何て言う名前? 好きなものは? 何を考えてる? 話したいことが次から次へと出てくるが、今まで人間と関わったことがなく、どうすればいいのか分からなかった。 一晩、月の光を浴びるとほとんど傷が良くなった。 本当はもう少し傍に居たかったが、森に帰らねばならない。 そうだ。あいつに聞いてみよう。 あいつなら色々知っているし、妙案が浮かぶかも。 俺は早速あいつの元へ駆けた。

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