4 / 17
正体
格子窓の隙間から満月が見える。
碧人は寝ないようにひたすら月を見つめていた。そして、考え事をしていた。
おかげで目はすっかり冴えてしまっていた。
考え事は人間を渦の中に引き込む。出口のない迷路に自ら飛び込む行為だと碧人は思った。
じゃりっと石が擦れる音が聞こえる。
(来た!)
碧人は細く扉を開けた。
人影が見える。真っ黒な服を着た男の人。
背はとても高く、顔は…暗くてよく見えない。
腕にはたくさんの花を抱えている。
(今夜は花かぁ…)
碧人は嬉しくなって、たまらず、扉を開けた。
月に被さっていた雲が流れ、中庭が明るく照らされた。
男の顔が近くに見えた。
きりっとした瞳は赤く、鼻筋はすっと通っている。口元にはほくろがあり、色っぽく見える。
思わず、見入ってしまい、「あ、あの…」とどもってしまった。
男は驚いたように碧人を見つめている。
「あの、毎晩ありがとう…お花嬉しい」
碧人が微笑むと、男はだんだん真っ赤になり、すごい勢いで、振り向き走り去ってしまった。
「行ってしまった…」
取り残された碧人は、ぽつりと呟いた。
(また来てくれるかなぁ…?)
〈???視点〉
自分としたことが、人間の武器ごときにやられるなんて。
神に捧げる楓の葉が足らず、人間の土地に下りてきたのが間違いだった。獣の姿で下りてきたのがバレて、猟師の銃で前足を怪我をした。
命からがら逃げ、目に入った屋敷に忍び込んだ。草むらにドサリと倒れ込み、大きく息を吐いた。
がさがさと誰かが近づいてくるが、動くことができない。
殺される
そう覚悟したが、顔を覗かせたのは肌の白い青年だった。
彼は心配そうに、俺をみていた。
彼は踵を返して、どこかへ行ってしまった。
誰かを呼びに行ったのか……猟師に引き渡され、皮を剥がれ、売られるのだと思った。
しばらくして、彼が白い布を持って帰って来た。あまり手当てをしたことがないのだろう。慣れない手つきで、俺の腕に布を結びつけ、止血をした。水を飲ませてもらい、魚までもらった。
俺の頭を撫でる彼の手は、細く柔らかかった。
「黒い狼さん、一晩お休み」
彼は優しかった。
あの柔らかい微笑みに胸の辺りが暖かくなった。
「また来るね」
行かないで、と言いそうになったが、堪えた。
俺は今は獣。
人の言葉を話せば、怖がらせてしまう。
でも、彼と話をしてみたい。
何て言う名前?
好きなものは?
何を考えてる?
話したいことが次から次へと出てくるが、今まで人間と関わったことがなく、どうすればいいのか分からなかった。
一晩、月の光を浴びるとほとんど傷が良くなった。
本当はもう少し傍に居たかったが、森に帰らねばならない。
そうだ。あいつに聞いてみよう。
あいつなら色々知っているし、妙案が浮かぶかも。
俺は早速あいつの元へ駆けた。
ともだちにシェアしよう!