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逢瀬
あの夜以来、贈り物がぱたりと来なくなった。
もう三日経った。
(そっとしておいた方が良かったのかな)
と、碧人は後悔をしていた。
あの可愛い贈り物を待ち遠しくしていた日々を自分から絶ちきってしまったからだ。
「碧人さん、濱野先生が来てくれましたよ」
安江とともに主治医の濱野先生が来てくれた。
濱野 豪 先生。25才という若い医者だが、帝国大学医学部を出て、医療先進国ドイツにも行った優秀な医者だ。
でも、碧人にとっては幼馴染みのお兄さんという感じが強い。
「豪さん…こんにちは」
「元気ないな。どうした?」
「うーん…友達と喧嘩別れしたような…そんな感じかなぁ」
碧人は曖昧に言葉を濁した。
「友達ができたのか?」
「少しの間なんだけどね…でも、どこの誰か分からなくて…」
「そうか…喧嘩別れした時はな、だいたい向こうも同じように『悪かったなぁ』と思ってるもんだよ」
「そうだといいんだけど…」
濱野はいつものように、碧人の胸に聴診器を当て、血圧を計った。
「心音も、脈も、血圧も異常なし。薬は安江さんに渡しておくな」
「はい」
黒い鞄に診察道具を入れる。
「なぁ、碧人。紅緒はどうしてるか、知ってるか?」
「紅緒?たまに手紙をくれるけど…どうして?」
「いや、あいつ盆も帰ってこなかったし、どうしてるのかなって思って…」
「お盆は試験勉強で大変だったみたい。予科から本科に進んで、忙しいんだって。相変わらず首席を維持してるみたいだけど」
「元気なら…いいんだ」
碧人は知っていた。濱野が紅緒のことが好きなことを。しかも、紅緒が東京に行く前、付き合っていたことも。
どういう理由かは知らないが、いつの間にか別れ、紅緒は東京に行ってしまった。
濱野は、まだ未練があるらしいが…。
「紅緒、年末年始には帰ってくるよ」
「そうか…その時は挨拶しに行くよ」
濱野はにこりと笑って、離れを後にした。
(あんなに人から思われて…いいなぁ)
碧人は紅緒を羨ましく思った。
その日の夜は雨がしとしと降っていた。
何となく雨音が耳について、碧人は眠れなかった。
すると、トントンと扉を叩く音がした。
初めは気のせいかなと思ったが、トントントンとまた音がした。
のろのろと布団から出て、そっと扉を横に開けると、口元のほくろが見えた。
「あなたは…」
雨に濡れた黒髪、腕には白い花を抱えている。
男はそれを差し出すと、雨の中、戻ろうとした。
「待って!」
碧人は男の腕を思わず掴んだ。
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