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契り

暫く森の中を風のように走り抜けると、急に空気が変わったことに碧人は気づいた。 上手くいえないのだが、空気が濃くなったような…。 「碧人、着いた」 そこは森の奥深く、人間には立ち寄れそうにない場所だった。 透き通るような川が岩の間から流れており、要は血で濡れた腕を川で清めた。 すると、森がザワザワとし始めた。 碧人は風か何かだと思ったが、声がする。思わず、要の腕に抱きついた。 『ニンゲンダ』 『カナメガ、ニンゲンヲ連れテキタ』 『何デ、ニンゲン連れテキタ?』 『ハクビマルガ、黙っテナイゾ』 『カナメ、ソノ、ニンゲン、喰うノ?』 『エサ?』 『オレらモ、食べタイ』 「碧人は、餌じゃない。…もし碧人に何かしたらお前らの皮を剥いで、丸焼きにして食べるからな」 要が凄むと、気配が一瞬にして消えた。 「要…今のは…」 「森の精霊だ。悪い奴等じゃないが、人間を良いように思ってないから…すまない、怖がらせたな」 要はしゅんとなりながら謝った。 「ううん…大丈夫。僕が勝手にお邪魔してるんだもん」 碧人は要をぎゅっと抱きしめた。碧人から抱きしめるのは初めてだった。 「碧人…」 「…僕、もうあの家に帰りたくない…。僕は何もしてないのに…長男っていうだけで命を狙われて…もう…嫌だ…」 しかも、身内に狙われるだなんて…。 碧人は心底あの家が嫌になった。 どうして、自分がこんな目に遭うのだろう。 要はそっと碧人を抱きしめた。 「碧人。連れていきたい所がある」 そう言って、碧人を抱えると要は再び走り出した。 要は森のさらに奥にある崖に碧人を連れていった。 その崖には小さな祭壇があり、どんぐりや楓の葉っぱや小さな花が供えられている。 「ここは?」 「ここは、俺にとっての聖地だ」 崖の上には大きな月が昇っていた。 「人狼は月を神としていて、毎日供え物をしている。月は人狼に大きな力をくれる」 「そうなんだ…」 「碧人」と呼び掛け、要は碧人の前にひざまづいた。 「俺と契りを結んでほしい」 「契り…?」 「碧人は、あの家に戻りたくないと言った。俺は碧人とずっと一緒にいたい」 燃えるような赤い瞳は、まっすぐ碧人を見つめていた。 「うん…僕も、一緒にいたい」 碧人は要の頬を両手で包み、口づけをした。 ゆっくり離れると、要は立ち上がり、きつく碧人を抱き締めた。 「碧人…契ったら最後、人間には戻れない…それでもいいか…?」 「うん…いいよ。要が一緒にいてくれるんでしょ?だったら、捨てる。家も人間である自分も…」 要は体を離すと、右手の親指を歯で傷つける。 じわりと血が溢れ出す。 「碧人、口を開けて」 言われるがまま口を開ける。要はその親指を碧人の口の中に入れた。 「俺の血を吸って」 碧人はちゅうっと要の血を吸った。赤ちゃんが母のお乳を吸うように、必死に。 鉄の味が口に広がる。だんだん体が熱くなり、心臓がどくりと跳ねる。 「…っはぁ…!」 倒れそうになる碧人の体を要は両腕で支える。 「血が、碧人の体を巡ってる」 しばらくして、心臓は落ち着いたが、体の火照りが治まらない。 「体…熱い…」 「そのうち治まる…碧人、俺たちは血で繋がった。死ぬときも一緒だ」 「嬉しい…死ぬときも一人じゃないんだね…」 碧人はぎゅっと要に抱きついた。

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