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客人

あの事件から一週間経った。 碧人は要と穏やかな日々を送っていた。 あまり肉が好きじゃない碧人のために茸や魚を取ってきてくれた。 魚を焼いたり、茸の味噌汁を作ったり…ずっと一人で過ごしていたからか、器用に料理もこなした。 「美味しいか?」 「うん、美味しい」 調味料は人間の村に下りて、魚や酒と引き換えに村人からもらっているらしい。 「物々交換で生計を立てている者は結構いる」 「怪しまれないの?」 「昔から物々交換している人間は俺たちの事をよく知っている。知っているが踏み込まない。それが、俺たちと人間の関係なんだ」 「信頼してるってこと?」 「…まぁ、そうかな。信頼できるやつかどうかはにおいで分かる」 本能というものだろうか。 「碧人は特別なにおいがするけど」 要はすんすんと碧人の首筋に顔を寄せた。 碧人は「くすぐったいよ」とクスクスと笑った。 「夫婦仲が良くて、羨ましいことだな」 碧人はビクリと肩が跳ねた。要はすぐさま碧人の肩を抱いた。 「白眉丸」 「要、お前本当に拐ってくるとはな。お前の馬鹿正直さには毎回笑わせられる」 白眉丸は嫌みっぽく笑う。 碧人は白眉丸と呼ばれた人物が何者か分からなかった。尊大な態度に気圧されてしまいそうになった。 「初めまして、奥方殿。碧人だったかな?私は白眉丸。この森の古株だ。以後お見知りおきを」 にこりと笑った。丁寧な物言いだが、底の知れない人だと思った。 「何しに来た。後ろに何を隠している?」 「おや、早々にバレてしまったよ。やっぱり狼の嗅覚には勝てないね」 白眉丸の後ろから人影が現れる。 黒い詰め襟に黒いマント、学帽を被り、左腰には日本刀を下げている。 「え…?」 碧人は驚愕した。何故、こんなところに。 「碧人」 その人物は顔をあげ、呼び掛けた。碧人によく似ているが、きりっとした強気な目つきは碧人とは正反対の性格をよく表していた。 「紅緒(べにお)…何でここに…?」 「お前を迎えに来たに決まってるだろ。父様が心配している」 「父様が…」 「さ、帰るぞ」 紅緒は碧人の手を掴もうと近づくと、さっと要が立ちはだかった。 「碧人は、渡さない」 要は紅緒を見下しながら言い放った。 「お前が人狼か…碧人を(そそのか)して、何するつもりだ?」 「碧人はもう俺の嫁だ。血で繋がっている」 「どういうことだ…碧人、説明しろ」 紅緒は碧人に詰め寄った。 「紅緒…ごめん。もうあの家には帰れない。帰りたくない…」 「子供じゃないんだ。そんな駄々こねるな」 「帰りたくても…僕はもう、人間じゃないから…」 紅緒は「人間じゃないって…」と言いかけると、今まで黙っていた白眉丸が口を開いた。 「碧人は要の血を飲んで、人間を捨てたんだよ。だから、人間の世界では生きられない」 「そんな…碧人、お前がいなくなって、今どんなことになってるか分かってるのか?」 紅緒はポケットから新聞の切り抜きをだし、碧人に渡した。 そこには、物部家の長男が拐われたこと、使用人の村田が死んだことが書かれていた。 碧人は青ざめた。 村田が死んだ…。 出血多量で死んでしまったのだろうか…。 「死んで当然だ。碧人を怖がらせた罰だ」 「お前が殺したのか?」 紅緒は要に迫った。要は別段悪いことをしたとは思っていないらしい。こういう感覚の違いはやはり人間ではなく人狼だからだろうか…。 「殺したつもりはないが、結構深く切りつけたからな。俺はあの村田ってやつが死んだって構わないと思っていた」 紅緒はぴくりと反応した。 「切りつけた?本当にそれだけか?」 「切りつけて、碧人を連れてここまで来た」 「本当だよ、紅緒。あのとき、村田はまだ生きてた」 今まで要の後ろにいた碧人が前に出て証言した。 紅緒はくるりと後ろにいた白眉丸の方を向き、怒りの形相で迫った。 「おい、キツネ…お前知ってたな。全部知っててここまで連れてきたな?」 「言ったじゃないか?気になるなら、本人たちに聞いてみろと。そして、紅緒にとっての最良の選択をしろと」 「最良の選択…」 紅緒は白眉丸の言葉を反芻すると、左腰に差した日本刀を抜く。 鈍い色をした刀身はきらりと紅緒に光を当てる。 「紅緒…?何するつもり?」 ただならぬ雰囲気に碧人は体が震えた。要は碧人をさらに後ろに隠した。 紅緒の冷たい声が低く響いた。 「人狼、お前の血を寄越せ」

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