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紅緒による紅緒のための崇高な計画(碧人目線)
家が大変なことになっていることも分かったが、今さら家には帰れない。帰れる体ではない。
紅緒はとにかく冷たい目をしている。
こんなにも冷たい目をしていただろうか?
口は悪かったけど、昔はもっと優しい目をしていた。
無意味に人を傷つけたりしない。
紅緒はとにかく賢い。
僕の思いも及ばないことを思いつく。
だから、これもきっと紅緒の考えなのだ。
「紅緒、どういう考えがあるのかわからないけど、要の血じゃなきゃいえない?僕のじゃダメかな?」
「お前のが一番いいが、それなりの血の量が必要だ。それに碧人は着ているものを寄越せ」
「え?僕、これしか持ってない…」
これを脱いだら、裸で過ごさなければならない。
それは流石に辛い。
「なら、私のをあげよう」
白眉丸は一匹のキツネを呼んで、着物を持ってきてもらうように頼んだ。
しばらくして、花柄の上等の着物を持ってきた。僕はそれに着替えると、着ていたものを紅緒に渡した。
「森に一週間いたわりに綺麗だな」
紅緒は着ていたものを見つめた。
「一応、二日に一回は洗濯してたから」
「洗濯の日じゃなくて助かった」
紅緒は意地悪そうな笑顔を見せた。
「じゃあ、人狼。腕を貸せ」
要は「意味がわからん」と言っていたが、僕がお願いをすると大人しく腕を差し出した。
紅緒は日本刀で、腕をすっと傷つけた。
腕の傷からはじわりと血が溢れだした。ボタボタと碧人の着物に血を吸わせる。
それなりの量を着物に吸わせると、血まみれの着物が出来上がった。
「これを父様に見せる」
「父様に?」
僕は全くぴんとこなかった。
「父様は伯父に権利を渡したくない。だから、碧人に跡を継がせたい。俺に碧人を探させたのはそのためだ。俺がこのまま家に帰っても、父様は諦めない。山狩りでも何でもするさ」
父様だったら、確かにやりかねないと思った。
父様は本当に伯父が嫌いなのだ。
「だから諦めてもらうには、碧人がもう死んだということを認識してもらう」
「でも、そうしたら紅緒が家を継がなくちゃいけないんじゃないの?」
紅緒は家を継ぐのは嫌だったはず。
いつだったか、「俺はここで死ぬのは嫌だ」と言っていた。だから、東京に出て陸軍学校に通っているのだ。
「それに関しては、ちゃんと考えてある。人狼は村田には切り傷しか与えていないと言ってたな。実は、村田の致命傷は後頭部の打撲だ」
僕は思い出した。
要が救い出してくれたときに見た伯父の姿を。
伯父は僕の誘拐に失敗した村田の口を封じたのだ。
なんて恐ろしいことをするんだろう…。
「頭の傷は丸いもので殴られていたと濱野から聞いた。恐らく、ゴルフクラブで殴ったんだ。その凶器は俺が見つからない所で預かってる」
そういえば、あの日もゴルフクラブを振っていた。
「動機も証拠も押さえたから、伯父は俺の言いなりさ」
紅緒はニヤリと恐ろしい顔で笑って見せた。
「さすが、紅緒だな」
白眉丸はパチパチと手を叩きながら称賛した。
その様子にふんと紅緒は鼻をならした。
「でも、お前らも悠長に構えてられないぞ。これを見ても父様は納得しないかもしれないからな。これはいわば、時間稼ぎだからな」
「紅緒…どうしたら…」
「他のところへ行けば良いだろう」
「ここ以外知らないよ…」
僕は人間の土地では暮らせない。こんな森、他にあるのだろうか。
要は白眉丸に向き直り、「白眉丸、お前なら知ってるだろ」と聞いた。
「北の地にいい森がある。そことは昔から懇意にしていてね。そこの森の長に話をつけてあげるよ」
白眉丸はにこりと笑った。
「ありがとうございます。白眉丸さん」
「お前、良い奴だったんだな」
要は驚いたといった表情をした。
「今までだって、色々助言していたはずなんだけどなぁ」と白眉丸は困ったように笑った。
紅緒は僕の方を向き、「碧人」と呼んだ。
「お前とはもう会えないだろう。だけど、俺がこれだけ骨を折ったんだ。…ちゃんと幸せになれよ」
恥ずかしそうに目線を外して話す姿はやっぱり小さい頃と変わらない。
照れてる顔は可愛いと思った。
「ありがとう、紅緒」
僕は目が潤んだ。泣いたら、また紅緒に馬鹿にされちゃう。
紅緒にばれないように紅緒を抱きしめた。
こうやって、抱きしめてあげるのも、これが最後だね。
素直じゃない紅緒が大好きだったよ。
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