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第16話 七日七晩

 次の日、朝起きて沐浴を済ませる頃、先代が婚姻届を取りに来た。  間違いがない事を確認し、役所に出させると言って、先代は出て行った。  帳面の短歌を読み返し、しみじみと昨日の逢瀬を思い出す。  でも、今日は初めて、女性とのお勤めがある。  いつまでも、政臣さんとのお勤めにひたっている訳にはいかなかった。  先代が戻ってくる。 「充樹。これを読んでおきなさい」  手渡されたのは、『性読本(せいとくほん)』と記された、大きな図解書だった。 「先代、これは?」 「大丈夫だとは思うが、念の為、女性とのお勤めをそれで学びなさい。確実に子供が出来るように」 「はい」  一人になった僕は、それを隈なく読んだ。  男性の分身の図解は、見知った事ばかりだったけれど、女性に関する事は初めて知った。  女性には分身が付いていない事、慣らさずとも最初から口を開いている事、精液が子種(こだね)だという事。  その本には、女性の愛撫の仕方も書いてあった。  沢山の事が書いてあって、一気には暗記出来ない。焦っている内に、家人から声がかかった。 「充樹様。お勤めでございます」     *    *    *  前室で口をすすぎ手を洗って、肩にかかる長い黒髪に櫛を通しながら、僕は騒ぐ心地を静めていた。  読本は、三分の二ほどしか読めていない。  参拝者様を満足させられなかったら、先代に叱られる。  落ち着きなく視線を動かしていたら偶然、笹川さんの顔が目に入った。 「笹川さん」 「は」 「笹川さんは、女性とお勤めをした事がありますか?」  細い目を見開いて、笹川さんは驚いていた。  あ、僕、何か変な事言ったかな。  ますます焦る僕に、だけど笹川さんは、表情を優しくして平伏した。 「は。ございます」 「わたくしは初めてなのですが、何か気を付ける事はありますか」 「(おそ)れながら……」  笹川さんは平伏したまま言って、それから顔を上げた。お勤めの間に聞こえないように、真摯な顔で囁く。 「充樹様が何かお困りになるような事がございますれば、我ら家人がお手伝いさせて頂きます。その為の家人でございます。ただ、お相手は経験豊富な方で、心配は無用と先代から伺っております。ごゆるりとお寛ぎくださいませ」 「そうですか。ありがとうございます」  まるで、僕が参拝者様にかけるような言葉だ。いくらか緊張が解れて、ほっとする。  僕は、お勤めの間に三つ指をついた。 「お腹様。お待たせ致しました。皇城充樹にございます」  家人が、両側から襖を開けてくれる。 「あら。美形ね。好みだわ」 「あ……ありがとうございます」  容姿を誉められるのはよくある事だったけれど、僕は動揺を押し隠して平伏した。  お勤めが終わった後、ごく稀に煙草を吸う参拝者様は居た。でも、お腹様はすでに煙草を吸って、脚を崩して待っていた。着物も白い単衣(ひとえ)で、袴を履いていない事に、どぎまぎする。  僕と同じくらいの長い髪で、眉を細く描いた、色っぽい女性だった。  女性をあまり見た事がないのもあって、何歳くらいかは分からないけれど、すらりと長い手脚で健康的な、五歳は年上の方に見えた。身長は、僕より大きい。 「正座なんかした事ないから、脚が痺れちゃったわ」  お腹様はそう笑って、煙草を灰皿に押し付けた。 「さ、始めましょ」 「は、はい。あの、女性とのお作法に疎いのですが……」  恐縮して平伏する僕の言葉を、お腹様は遮った。 「ああ、女は初めてなんでしょ? 聞いてるわ。大丈夫、その気にさせてあげる。七日間、し続けるみたいだから、疲れないようにね。あたし、デキやすいから、七日もやれば確実にデキるわよ」 「出来やすい、とは?」  僕は思わず小首を傾げた。 「やぁだ、赤ちゃんに決まってるじゃない。あたし、その為に呼ばれたのよ」  お腹様はすっと立ち上がって、単衣の帯を解いた。 「さ、あんたも脱いで。何だか、綺麗過ぎて、女の子みたいね」 「は、はい」   「あんたは、寝てれば良いわ。あたしが全部やってあげる」  言葉通り、僕は寝てるだけだった。お腹様は今までの参拝者様の誰よりもお口を使うのが上手くて、僕はあっという間に追い上げられては果てていった。

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