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第17話 充樹と珠樹

 七日七晩、精嚢(せいのう)が空になるまで、僕はお腹様とお勤めをした。  でもお腹様に挿れるものは付いていなかったから、一日のお勤めが終わった後は、厠で張型を使っていた。   四日目に、乱暴に狩衣を剥ぎ取られた時、張型が転がり出て、お腹様は全てを悟ったようだった。 「ああ、あんた、男とシテたんだもんね。後ろが寂しいって訳。じゃあ、使ってあげる」  おかしくなってしまいそうな悦楽の日々が過ぎ、最後の夜に煙草をふかしながら、お腹様は気怠そうに言った。 「あんた、相当男とヤってるわね。後ろだけであんなに感じるなんて」 「い、いえ。わたくしは、夫が初めてのお勤めです」 「あら、決まった人が居るのね。こんな豪邸に住んでて、女が初めてだって言うから、男ハーレムでも持ってるのかと思ってたわ」  煙草の煙が、天井に向かって吐き出される。 「でも夫って言ったって、入籍はあたしとしたんだから、バツイチになっちゃうわね。ご愁傷様」 「ばついち、とは何ですか?」 「知らないの? 深窓の姫君なのね」 「それは、いけない事ですか?」 「まあ、最近じゃあんまり気にする人は居ないけど。すぐに籍を抜いて、子供が出来たら認知してこの家に子供を渡す契約だけど、戸籍に離婚したっていうバツが付くのよ」  やっぱり、これは政臣さんに対する裏切りではないだろうか。胸がちくりと痛む。 「夫には、言わない方が良いでしょうか」 「そりゃあね! 妻が女とセックスしてるなんて知ったら、あたしがどうにかされるかも。借り腹稼業に響くから、内緒にしてちょうだい」  灰皿に、煙草が押し付けられる。   「じゃあ、一年後に子供を渡して、あたしの仕事は終わり。さよなら、姫君」  お腹様は、単衣を羽織って出て行った。  お腹様の物言いは、ここが皇城家だと分かっていないようだった。  言動も自由奔放だし、『借り腹稼業』って言っていた。つまり、お腹を貸して、子供を生むのが仕事?  お勤めは、神聖な儀式の筈。お金を貰ってお勤めするなんて……天罰が当たらないのかな。  それに、身体は満たされていたけれど、心は満たされていなかった。  政臣さん……会いたい。     *    *    *  その夜、厠に起きた。眠い目を擦って、廊下の突き当たりで用を足す。  七日も続けざまにお勤めした僕は、疲れ切ってぼうっとしていた。  目は上手く開かなかったけれど、通い慣れた道を辿って部屋に戻る。  木枠の格子の嵌まった部屋に。 「充樹様!? このような所に、何用ですか!?」  南京錠の管理をしていた、見慣れた家人が驚いている。  あ! 間違えた!  僕は慌てて言い募った。 「あ、いや。寝惚けていて、道を間違えたんです。部屋に戻ります」  踵を返そうとしたら、絞り出すような小さいけれど鋭い声が、僕の目をいっぺんに覚まさせた。 「そいつは、偽物だ! 僕が充樹だ。今すぐそいつを捕まえろ!」  『充樹』! 僕と入れ替わって、この部屋に閉じ込められたんだ。 「予備様。口を慎みなされませ」  充樹は布団に入っていたけれど、必死に這いつくばって格子に手をかけ、僕をきつく睨み付けた。  その顔を見て、僕は開いた口が塞がらなかった。『充樹』は、僕と瓜二つの容貌を持っていた。これなら、確かに『予備』になる。  僕と毎日顔を合わせていた家人すら、気が付いていないようだった。 「僕が、本物の充樹だからだ! そいつは、珠樹。僕の双子の弟だ」 「世迷い言を。成人して、知恵をおつけになられたか。万に一つそうだったとしても、予備様はご病気です。お勤めも出来なくなった今、先代は貴方のお身体を心配なさって、ここから出すおつもりはありません。大人しく、養生なさいませ」  僕は、恐くなった。先代は、当主として大切に育ててきた充樹を、呆気なく見捨てたんだ。  僕は外の世界を知らないから、何もかもに好奇心を持つけれど、今まで自由だった充樹がこの部屋に閉じ込められるのは、どんなにか苦痛だろう。  歩み寄って、充樹にだけ聞こえる音量で囁いた。 「大丈夫。僕が何とかしてあげる。いつか、自由になれるように」

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