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第19話 歌(二)

『特別な方が出来ては、お勤めを続けるのは難しい』  僕は、参拝者様の言った意味を、考えていた。  確かに政臣さんと契ってからは、お勤めで達する際に、政臣さんの顔が浮かぶようになった。そればかりか、無意識に名前を呼んでいたという。  お勤めの相手を取り違えているとあっては、霊験もあらたかでなく、参拝者様がいい気はしないと言われた意味は分かった。  でも、お勤めは僕の生き甲斐だ。どうすれば良いだろう?  努めて、政臣さんの名を呼ばぬよう気を付ける事くらいしか、当面の解決策は浮かばなかった。  政臣さんが婿養子になってこの家で暮らすようになれば、好きな時に好きなだけお勤め出来るから、参拝者様とのお勤めがなくなっても、我慢出来るかもしれない。  そうなったら、先代に進言しよう。    考えに一区切りつき、僕は玉砂利をぱらぱらと畳に零した。政臣さんの事を占う。  再訪は……明日と出た。  僕ははやる心を静めて、でも口角が上がってしまうのを堪えきれなかった。 「充樹」  そこへ、先代がやってきた。 「はい」  僕は金糸銀糸の座布団に、居住まいを正す。 「人払いを」  家人たちは、潮が引くように下がっていった。  僕も、先代と二人で話したい事があった。丁度良い。 「充樹。『珠樹』の所に行ったそうだな。何を考えている」 「夜中に厠に起きて、寝惚けて道を誤ったのです。けして、わざとではありません」 「充分に気を付けなさい。まだ戯れ言で済んでいるが、あれがこれ以上騒いだら、秘密を保てなくなる」 「その事ですが、先代」  僕は意を決して、先代に意見した。 「かの人は、ご病気なのでしょう? 苦しそうでした。あのような所に居ては、ますます伏せってしまいます。病院に移しては如何でしょう。秘密も保たれます」 「む」  先代は、僕が意見した事と、意見そのものに驚いたようだった。  顎を撫でて、しばし考え込む。 「……ふむ。入院か。幾らか治れば、あれにもまた『予備』としての役割が、果たせるか。考えておこう」 「善処のほど、よろしくお願い致します」  僕は平伏して、先代を見送った。  充樹。僕の双子の兄様。  入れ替わっても誰も気付かないほど、僕たちはよく似ていた。  だけど充樹の目は、恨みの炎が点ったように、僕を睨み付けていた。  どちらが『予備』になるのかなんて、先代からしたら、些細な事なんだろう。  先代は、皇城の家を存続させて、繁栄させていく事だけに、全神経を注いでいる。  生まれたのが皇城じゃなかったら、きっと仲良く出来ただろうに。  少し感傷にひたったけれど、明日政臣さんが来ると思うと胸が騒いで、また歌が詠みたくなった。  政臣さんの涼しげな奥二重や長い指を想って、わくわくとした心地が溢れ出す。  帳面に筆で、思い付くまま拙く(つづ)った。    風吹かば  君(おとづ)るや  縁に出て  音をききつけ  千々に乱るる  『風が吹くと、貴方が来たのかと濡れ縁に出て、物音に耳を澄まして動揺しては、様々な思いが入り乱れてしまいます』  比ぶべく  (さち)もなきほど  逢瀬にて  奥二重こそ  微笑みの君  『逢瀬で、貴方の奥二重で微笑まれるのは、比べるようなものがないほど幸せな事です』  ぬばたまの  髪()くたびに  思ほゆる  げにいといとし  (および)の当たり  『黒髪を梳く折に、自然と感じられます。本当に愛おしい、貴方の指の感触が』  政臣さん。貴方を想うと、身体だけでなく、心も疼きます。  離れている時間が長ければ長いほど、僕の政臣さんへの想いは募るのだった。

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