28 / 41
第28話 座敷牢
家人の居なくなった充樹の部屋は、がらんとして何だか寂しかった。
でも、そう望んだのは僕だ。
先代が、重々しく口を開く。
「人払いをしての話とは、何だ」
「実は……」
僕は、切り出した。
話した先は、僕にもどうなるか分からない。
ただ、このまま笹川さんとだけお勤めする暮らしとは、決別したかった。
「家人の中に、わたくしと充樹との入れ替わりに、気付いている者がおります」
「何っ」
先代が血相を変える。
「どうしてそれを知ったのだ」
「脅迫されております。自分とお勤めをせねば、政臣さんに事の真相を話すと」
「して、その者とお勤めをしたのか」
「はい。厠にて」
「何て事だ……」
先代は苦虫を噛み潰したような表情で、瞑目する。
「文にありました先だっての逢瀬は、その者が『充樹』を病院から連れ出し、政臣さんと娶せた結果でございます」
先代が、もっと大きな声を出した。
「何? 充樹を?」
「はい。充樹はお勤めが初めて故、あのような結果になったのでしょう」
「そうか……その家人とは誰だ」
「申し上げられません。家人を処分しては、政臣さんに秘密を知られてしまいます」
やけに優しげに、先代は僕に問うた。
「案ずるな。政臣さんに秘密が知られぬよう、全力を挙げる。名前を言ってみろ」
思い乱れて、僕はためらった。
本当に先代は、笹川さんを処分しないだろうか。
何もかもが水の泡になる可能性に、僕は数瞬、口篭もった。
「珠樹。言いなさい」
先代が、捨てろと言った『珠樹』の名で僕を呼んだ事に違和感を感じないほど、僕は心騒いでいた。
「珠樹」
先代が、いつになく柔らかく促す。
「はい。……笹川さんです」
「ふむ……充樹に、一番近しくついておった者だな。なるほど」
納得したように何度か頷き、先代は声を高くした。
「誰か。笹川をここに」
少しあって、笹川さんが入ってきた。
「私に何か、ご用でしょうか」
「よくやった」
え? 先代が、笹川さんを誉めている……?
僕は呆然と、その光景を見詰めていた。
「珠樹には、貞淑な妻など勤まらんと思っておった所だ。充樹の具合が良くなったなら、政臣さんとの結婚は、充樹にして貰う。案ずるな、珠樹。最初からお前は予備で、本来の形に戻るだけだ。政臣さんに、秘密は知られやしない。笹川」
「は」
「珠樹を、座敷牢へ連れて行け。そして、充樹を病院から連れ戻せ。良くなったのだろう?」
「は。注射は必要との事ですが、それ以外はつつがなく」
「よくやった。わしは諦めておったが、充樹が良くなったのを見付けたはお前の手柄だ。今後も、充樹の側についてやってくれ」
「は。勿体ないお言葉でございます」
「褒美が必要だな。何か、望みのものはあるか?」
平伏していた笹川さんは、ちらりと顔を上げて僕の顔を見た。
そして、嗤う。
嫌だ。嫌、絶対に嫌……。
「では、今後も予備様とのお勤めを」
「良いだろう。これも、お勤めなしでは居られまい。ただし、人払いしたお勤めの間でのみにしろ」
「畏まりました。ありがとうございます」
「連れていけ」
「は」
ぼんやりしている僕の二の腕を、痛いほど強く掴んで立ち上がらせ、笹川さんは僕を木の格子の部屋へと連れて行った。
僕が生まれた時から、二十歳の誕生日まで育った部屋。
それを先代は、『座敷牢』と呼んだ。
肉にされる事を知らない家畜は、嘆く事を知らない。
でも、それが飼い殺しにされる牢だと知ってしまった僕は、もう心穏やかには過ごせない。
政臣さんにもう会えない、予備としての人生なんて、死んでいるのも同然だった。
ともだちにシェアしよう!