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第28話 座敷牢

 家人の居なくなった充樹の部屋は、がらんとして何だか寂しかった。  でも、そう望んだのは僕だ。  先代が、重々しく口を開く。 「人払いをしての話とは、何だ」 「実は……」  僕は、切り出した。  話した先は、僕にもどうなるか分からない。  ただ、このまま笹川さんとだけお勤めする暮らしとは、決別したかった。 「家人の中に、わたくしと充樹との入れ替わりに、気付いている者がおります」 「何っ」  先代が血相を変える。 「どうしてそれを知ったのだ」 「脅迫されております。自分とお勤めをせねば、政臣さんに事の真相を話すと」 「して、その者とお勤めをしたのか」 「はい。厠にて」 「何て事だ……」  先代は苦虫を噛み潰したような表情で、瞑目する。 「文にありました先だっての逢瀬は、その者が『充樹』を病院から連れ出し、政臣さんと娶せた結果でございます」  先代が、もっと大きな声を出した。 「何? 充樹を?」 「はい。充樹はお勤めが初めて故、あのような結果になったのでしょう」 「そうか……その家人とは誰だ」 「申し上げられません。家人を処分しては、政臣さんに秘密を知られてしまいます」  やけに優しげに、先代は僕に問うた。 「案ずるな。政臣さんに秘密が知られぬよう、全力を挙げる。名前を言ってみろ」  思い乱れて、僕はためらった。  本当に先代は、笹川さんを処分しないだろうか。  何もかもが水の泡になる可能性に、僕は数瞬、口篭もった。 「珠樹。言いなさい」  先代が、捨てろと言った『珠樹』の名で僕を呼んだ事に違和感を感じないほど、僕は心騒いでいた。 「珠樹」  先代が、いつになく柔らかく促す。 「はい。……笹川さんです」 「ふむ……充樹に、一番近しくついておった者だな。なるほど」  納得したように何度か頷き、先代は声を高くした。 「誰か。笹川をここに」  少しあって、笹川さんが入ってきた。 「私に何か、ご用でしょうか」 「よくやった」  え? 先代が、笹川さんを誉めている……?  僕は呆然と、その光景を見詰めていた。 「珠樹には、貞淑な妻など勤まらんと思っておった所だ。充樹の具合が良くなったなら、政臣さんとの結婚は、充樹にして貰う。案ずるな、珠樹。最初からお前は予備で、本来の形に戻るだけだ。政臣さんに、秘密は知られやしない。笹川」 「は」 「珠樹を、座敷牢へ連れて行け。そして、充樹を病院から連れ戻せ。良くなったのだろう?」 「は。注射は必要との事ですが、それ以外はつつがなく」 「よくやった。わしは諦めておったが、充樹が良くなったのを見付けたはお前の手柄だ。今後も、充樹の側についてやってくれ」 「は。勿体ないお言葉でございます」 「褒美が必要だな。何か、望みのものはあるか?」  平伏していた笹川さんは、ちらりと顔を上げて僕の顔を見た。  そして、嗤う。  嫌だ。嫌、絶対に嫌……。 「では、今後も予備様とのお勤めを」 「良いだろう。これも、お勤めなしでは居られまい。ただし、人払いしたお勤めの間でのみにしろ」 「畏まりました。ありがとうございます」 「連れていけ」 「は」  ぼんやりしている僕の二の腕を、痛いほど強く掴んで立ち上がらせ、笹川さんは僕を木の格子の部屋へと連れて行った。  僕が生まれた時から、二十歳の誕生日まで育った部屋。  それを先代は、『座敷牢』と呼んだ。  肉にされる事を知らない家畜は、嘆く事を知らない。  でも、それが飼い殺しにされる牢だと知ってしまった僕は、もう心穏やかには過ごせない。  政臣さんにもう会えない、予備としての人生なんて、死んでいるのも同然だった。

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