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第5話 愛してる……?
いつものように、口をすすぎ手を洗って、肩にかかる長い黒髪に櫛を通す。
何だか心臓の辺りがざわざわと騒いでいたけれど、いつもの決まり事をこなす内に、静まってきた。
「政臣さん。お待たせ致しました。充樹でございます」
家人が、襖を両側から開ける。金糸銀糸の広い布団の横に、政臣さんが正座して待っていた。行灯がぼうと光る。
お勤めでは主に四十代から六十代の参拝者様のお相手をしていたから、少し違和感がある。
参拝者様は、早く僕の霊験にあやかりたくて、息を荒くしたり涎をすすっていたりしたけど、政臣さんは涼しげな奥二重の目で、ただじっと僕を見ている。
僕は政臣さんの前まで行って、平伏した。
「よろしくお願い致します」
「充樹」
「はい」
「まだ籍は入れてないが、これから夫婦だ。余分なものは省いていこう。俺の事も、政臣と呼んで欲しい」
「えっ」
僕は激しく戸惑った。年上の人に敬意を払わないなんて、そっちの方が難しい。
「嫌か?」
「嫌ではないです……ただ、わたくしは……僕は、年上の方を呼び捨てにする事なんて出来ません」
「そうか。じゃ、俺は普段通り振る舞うから、気が向いたら充樹も思うままに振る舞って欲しい」
「はい」
不意に、片手が逞しい拳に握り込まれた。胸に当てられると、僕と違って筋肉がしっかりついているのが伝わってくる。それと、酷く早い鼓動と。
「充樹。今日お前に会うまで、俺は政略結婚の道具にされるんだと気が重かった。だけど今は、お前と契れる事に、こんなにも幸福を感じてる」
折角静まった胸のざわざわが、政臣さんの言葉に引っ張られるようにして、また騒ぎ出す。
「充樹。近くに」
「はい」
にじって近づくと、きつく抱き締められた。
しばらく互いの鼓動だけがやけに大きく響き、やがて少し身を離して顎を取られ、触れるだけの接吻をされる。
お勤めの時は積極的に舌を入れるけど、初めてだと思わせる為に、僕は敢えて身を任せた。
角度を変えてはむはむと、お豆腐でも食べるみたいに唇で唇が食まれる。時々、ちゅっと吸われてゆっくりと唇同士がすり合わされた。
何だろう。接吻なんか数え切れないほどしたのに、こんなに優しい接吻は初めてで、何だか涙が出そうに切なくなる。
「充樹」
「政、臣さん……」
呼ばれて、応える。これも初めての経験だった。
参拝者様は早く早くと僕を急かして脱がせる事が多かったけど、政臣さんはまず、自分の狩衣と袴を脱いでから、僕の衣も脱がせた。小袖の合わせ目から、薄ら日焼けした、程よく締まった胸板が現れる。
布団の上に、柔らかく押し倒された。
「あ」
小袖の前を開かれて、しっとりと胸筋に男らしい掌が吸い付き、ゆっくり捏ねるようにして揉まれる。
唇が、顎から喉仏を通って下がっていき、胸の色付きをぺろりと舐めた後、甘噛みされた。
「う・ぁ」
開発されきった身体ではもどかしく感じる快感に、僕は政臣さんの頭を両手で抱く。
胸にしゃぶりつきながら、政臣さんは小袖を脱いで、灰色の下着一枚になる。
唇が更に下りて、袴の紐を噛み首を左右に振って引き解き、生まれたままの姿にされた。
「充樹。下着をつけてないのか?」
ちょっと驚いたような声が上がる。
「はい。政臣さんの手を、煩 わせないように。後ろも解してあります。すぐにでもひとつになれます」
「充樹。そんなに俺に、気を遣う必要はない。初めてなんだから、ゆっくり時間をかけて愛したい」
ちくりと、良心が痛んだ。神聖なお勤めを恥じる事はなかったけど、初めてだと嘘を吐いている事に。
政臣さんは、緩く勃ち上がって先走りを滲ませている僕の分身の先を、丁寧に舐めた。その下の鎌首のへこみにも、ちろちろと舌を遊ばせる。
正直僕は、早く挿れて欲しくて堪らなかった。
今までのお勤めは、単純明快に聖液をすすって、挿れて、達して終わりだった。
こんな、焦らすようなじわじわとした刺激など、知らない。
「ん・あ・政臣、さんっ」
「ん?」
ぱくりと分身を銜えられ、中で舌が器用に動く。
「や・駄目、達してしまいます……!」
無意識に腰をくねらせると、湿った感触から花冷えの夜気 に分身が晒された。
政臣さんも、下着を脱ぐ。逞しく猛った雄が現れた。
「本当に、解してあるのか?」
「はい、政臣さん、早く……っ」
「じゃあ、挿れるぞ。痛かったらちゃんと言うんだぞ」
「はい……あぁ」
蓋をして欲しいと、はくはくとひくついていた後ろの孔 に、硬くぬめる感触が宛がわれる。
長年の経験で、身体は深く息を吐いて挿入時の苦しさを逃がす。
熱くて脈打つ政臣さんの分身が挿入 ってきて、探るように浅く注挿する。
「あ・あっ」
「痛くないか?」
「心地・良いです、もっとっ」
「充樹。色っぽいな」
白い枕の上に散る長い黒髪を整えるように頭頂から撫で下ろされ、くの字に折った身体の奥深くを突き上げられた。
「あっ・んぁっ・善 いっ」
控えめに演じていた理性が焼き切れるほど、政臣さんとのお勤めは気持ちよかった。
ただ自分本位に突くんじゃなく、内部の男性子宮の入り口を擦られる。
「ひゃ・ひぃん・あぁっ……達します……!」
「充樹。愛してる」
「あぁ――っ!!」
上手く唾液を飲み込めず、顎から滴るに任せる。
聖液が零れ、きつく収縮する内部に逆行するように政臣さんが押し入ってきて、僕のお尻に腰を叩き付けた。
「あ・やぁっ」
達したばかりの敏感な内部を擦り上げられて、僕は黒髪を振って寝乱れる。
「イく……っ!」
最後の瞬間、政臣さんは楔を抜いて、僕の薄い腹筋の上に熱を吐き出した。
「う……っく」
「はぁ……すまない、充樹。お前のナカが余りにも悦 かったから、優しくしてやれなかった……」
僕の、唾液で濡れた唇に口付けて、政臣さんは荒い息を吐いている。
「痛むか?」
「ひゃ……駄目っ」
敏感になっている後ろの孔に触れられて、腰が跳ねてしまう。
「凄いな、充樹。初めてなのに、そんなに感じて」
政臣さん、ごめんなさい。本当は初めてじゃないんです。物心ついた時からお勤めをしているから、後ろだけで達せるんです。
心の中で謝罪して、僕は初めて願いを口にした。
「政臣さん……接吻してください」
「ああ。愛してる、充樹」
『愛している』……? それは僕には、新聞連載の物語の中だけに出てくる言葉で。
少し不思議に思いながらも、酷く心地の良い政臣さんの唇に吸い付いた。
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