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第9話 箱入り息子
僕の占いは、九割当たる。
三日後の午後、政臣さんがやってきた。
狩衣でもなく、背広でもない、見た事のない格好で。これが、じーぱんっていう洋服なんだろうか。
僕のものになった部屋で、座卓を囲んで挨拶をした。
「こんにちは。皇城さん、充樹」
先代はただ平服して、僕は平伏した後、視線を合わせて微笑み返す。
「こんにちは。政臣さん」
政臣さんは、青い履き物に黒い上着を羽織り、手には何やら大きな紙袋を提げてきた。
「皇城さん。今日は、充樹とデートしたいんです。街に出るには狩衣は目立ちますから、充樹に服をプレゼントしたいんですが、よろしいですか?」
「これは、お気遣い頂いて、ありがとうございます。世間知らずで驚かれるかもしれませんが、呆れずに色々と教えてやってください」
「先代、良いんですか!?」
これ以上外に出るなんて、断られるかと思っていたのに、先代は政臣さんに頭を下げる。
思わず、座ったまま小さく飛び跳ねた。
「政臣さんの導いてくださるままに、言う事をきくのだぞ。早速、着替えなさい」
「はい!」
先代は出て行き、政臣さんが紙袋から、洋服を取り出した。お揃いの青い履き物に、白い上着。
「充樹は、サイズSだろうと思ったんだけど、良かったかな」
「寸法ですか? 洋服を着た事がないので、分かりません」
ちょっと困惑して眉をハの字にすると、政臣さんは笑った。
政臣さんの笑顔、好きだ。これが、好きって感情。
「やっぱり、そうか。念の為、靴下やスニーカーも買ってきたんだけど、役に立ったな」
「ありがとうございます! これが、じーぱんというものですか?」
「そうだ。狩衣を脱いで、着替えて」
「はい」
僕は躊躇いなくしゅるしゅると、狩衣と袴を脱いだ。
「あっ……」
「どうかしましたか?」
じーぱんに脚を通していると、政臣さんがぱっと顔を逸らした。頬が、仄かに色付いている。
「すまない……下着も、買ってくれば良かったな」
「あ」
僕は、下着をつけないのも、家人の前で裸になるのも当たり前だったから、それが異質な事だと思わなかった。
でも政臣さんの反応から、それは恥ずかしい事なんだと推測出来る。
「すみません。下着を着けた事がないので……今日、買います」
「いや。俺が買おう。それくらいの持ち合わせはある」
「でも……」
「デートの時くらい、夫を立ててくれないか」
お金を払って貰うのが、夫を立てる事になるんだろうか。先代に言われた事もあり、僕は政臣さんに従った。
「はい。では、買って頂きます」
「もう履いたか?」
政臣さんは顔を逸らしたまま、訊いてくる。
僕は履いた事こそなかったものの、参拝者様の背広を脱がせた事はあったから、じーぱんの留め具を上げて履き終えた。
「はい」
僕の返事を待ってから、政臣さんは顔を戻す。
ほっとしたような表情で僕を見上げた。
「良かった。サイズは合ってるな。抱き心地から、選んできたんだけど」
「はい。ぴったりです」
「セーターは、被るんだ」
「こうですか?」
「あはは。違う違う、こっちだ」
初めて着るせーたーというものを被ったら、首が袖の方に入ってしまい、政臣さんが直してくれる。
そんな何気ない事が、酷く楽しかった。
「靴下は履けるよな」
「先が割れていない足袋 ですね。これは簡単です!」
政臣さんが噴き出した。
「ぶふっ。上下が逆だ。こっちは踵」
そして玄関で、白いすにーかーという靴の紐を通して履かせて貰う。まるで、小さな頃、母様に足袋を履かせて貰ったみたいに。
「何だか……」
「ん?」
「政臣さんって、母様みたいです」
思った通りに口に出したら、政臣さんはまた可笑しそうに笑った。
政臣さんが笑うと、嬉しいし、楽しい。
「おいおい。夫を、母親みたいだなんて言う妻があるか。俺じゃなかったら、怒られる所だぞ」
「そうなんですか?」
「女みたいだって言われて、喜ぶ男は居ないだろ?」
僕は気持ちを伝えようと、困って言葉を尽くした。
「すみません。でも、暖かくて、物知りで、器用で……僕の記憶の中の、母様みたいなんです」
それを聞いた政臣さんは、顔を上げて視線を合わせ、そっと僕の頬に触れた。
「ああ……充樹は、お母さんが心のより所なんだな。そう言われるのは、嬉しいよ」
ああ、僕今、とても政臣さんに接吻したい。
顔を近付けたけど、また政臣さんは下を向いて、靴紐を結んだ。
「さあ、出来上がりだ。ドライブに行こう」
「自動車に乗るのですか!?」
「そうだ。ひょっとして、乗った事ないのか?」
「はい。その……僕、外に出た事がないんです」
今度は、政臣さんが声を大きくする番だった。
「え? 一度も!?」
「はい。色々と、教えてください」
「参ったな……こんな箱入り息子を、俺が貰って良いのかな」
その呟きに、不安になった僕は訊いていた。
「貰ってくださいますか?」
でも政臣さんは、僕の好きな甘やかな笑顔で言った。
「ふふ。そんな顔するな。もう、貰った。俺のものだ、充樹」
そう言って耳朶 を摘ままれる。
何だかお勤めの時みたいに、奥の方がきゅんと疼いた。
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