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第12話 花びら

 ぱんだを見た後も、色々な動物を見た。  れっさーぱんだの檻の前で、政臣さんが教えてくれる。 「本当は、最初にパンダと名が付いたのは、レッサーパンダだったんだ。ジャイアントパンダの方が後に名付けられて、本家パンダがレッサーパンダになった。ジャイアントパンダはクマ科だけど、レッサーパンダはレッサーパンダ科だから、種類も全く違う。レッサーは、『小さい方の』って意味だ」 「へぇえ……小さい方も、可愛いですね」  目の周りが黒いのが、確かに両方とも似てる。でも尻尾は太く縞模様で、似てる所と言えば、目の周りのぶちだけだった。 「昔の方は、この二種が、同じ種類だと思ったんでしょうか?」 「そうみたいだな」 「面白いですね!」  僕は目を輝かせて、れっさーぱんだに見入る。その内、一匹がひょいと後脚で立ち上がった。 「あっ、立った!」 「そうそう、たまに立ち上がるのが居るんだ」 「身体は茶色なのに、お腹は黒いんですね」  手を繋いだまま園内を歩いて、次は、ごりらを見た。  動物なのに、色取り取りな花柄の布を頭から被ってる。 「何で、布を被ってるんでしょう?」 「日よけとか、あと、気に入った布でお洒落してるって説もあるみたいだな。えーっと……」  政臣さんは、展示してある文章を読む。 「被ってるのは、みんな(めす)だ」 「じゃあ、やっぱりお洒落なんですね」  僕の目の前で、雌のごりらは被っていた布を取って、今度は丁寧に足先にかけた。  本当だ。布を大事にしてる。 「ニシローランドゴリラの、学名を知っているか?」  不意に、政臣さんが言った。悪戯っぽい笑みを浮かべて。  僕もつられて微笑みながら、政臣さんを見上げる。 「いえ。何ですか?」 「『ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ』だ」  僕は思わず噴き出した。 「何で、ごりらが三つも付くんですか。変なの!」  また、ぽんぽんと頭に手が置かれた。 「充樹は綺麗だが、育ちのせいで、少し大人びた所がある。そうやって笑うと年相応で、可愛い。沢山デートして、青春を味わってくれ」 「あ……はい」  頬が熱くなる。  政臣さんは僕の表情を眺めて、ふふと笑った。 「上野公園の桜が、散り際だ。桜吹雪が綺麗だから、少し見に行こうか」 「はい」  上野恩賜公園までは、歩いて五分くらいだった。  また手を繋いで、ゆっくりと歩く。  平日だというのに、ここにも青い敷きものを敷いて、沢山の人が食べたり呑んだりしていた。 「これが……お花見というものですか?」 「ああ。もう散り始めてて、週末まで保たないから、混んでるな」  頭上に枝を伸ばして屋根のように覆う桜の木から、まだ見ぬ雪のように、花びらが一面に舞っている。  『桜吹雪』って、言い得て妙だな。  夜桜も綺麗だったけど、昼間に見る桜吹雪にも心が動いた。  長倚子(べんち)に座って、手を繋いだまま、無言でそれを眺める。  ああ。この沈黙は、嫌いじゃない。二人で居る沈黙も、心地良いものなのだと知った。   「そろそろ、行こうか」 「はい」  僕たちはまたゆっくりと、桜吹雪の中を通って、自動車に戻った。 「充樹。ちょっと動くな」 「はい?」  頭の天辺で、政臣さんの長い指が動く。 「ほら」  掌が目の前で開かれると、花びらが七~八枚乗っていた。 「わ。これ、貰って良いですか?」 「どうするんだ?」 「書物に挟んで、押し花にします。何か浮かんだら、短歌を詠むかもしれません」 「ああ。それは良いな」  そう言うと政臣さんは、じーぱんの物入れから真っ白な手拭い(はんかち)を取り出して、中に花びらを入れて、丁寧に折り畳んだ。   「持って帰れ」 「ありがとうございます。次の逢瀬で、お返ししますね」  僕は政臣さんの温もりが残る手拭いを、大事に物入れにしまった。  薄い布が、僕のじーぱんの物入れと心を、暖かくした。

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