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第40話 足跡を辿れ(11)
「ほほぉ、これはこれは。二人とも、人の姿も美しかったが、ずいぶんと美しい狼だね」
運転席から見上げながらハウンド先生が、ほぉ~、と声をあげる。俺が白銀の狼なら、エミールは漆黒の狼。
「人間で俺たちの姿を知ってるのはハウンド先生だけでしょうね」
ニヤリと笑ったエミールの大きな口は、普通の人間なら恐怖に感じるかもしれない。
俺は再び、鼻先を空に向けてノアの痕跡を探す。
……微かに気配が残ってる。
「やはり、ここにノアはいた。ただし……一人だな」
思わず、歯ぎしりをする。
「ああ、だが、魔法犬とやらも一緒のはずだ。確かに犬の匂いが残ってる……これは……ずいぶんと大型犬なんじゃないか?」
「そうだな……そいつが、ノアを守ってくれてるといいんだが」
周囲を見渡すと、ほとんど人家は見当たらない。
「 フローラの痕跡 のある場所は、あの森の中だ。道の途中で森の中に入って行ったところらしい」
昼間のこの時間でも、中のほうは薄暗そうだ。
あんなところに……。
俺とエミールは、すぐにでもそこに行きたくてうずうずしていた。
「お前ら、まだ行っちゃだめだろ」
ハウンド先生の暢気な言葉で、なんとか踏みとどまる。
「エリィとは、 エリィ・アイサールのことだろ?」
「あ、はい。……ご存じでしたか」
答えたのはエミール。俺はハウンド先生の質問には反応せず、ひたすら、森のほうを見つめる。見つめ続けたとしても、ノアの姿が見えるわけではないが、ジッと見るしかできない。
「そりゃ、教え子の一人だからなぁ。そうか、あいつはシュライデン家の専属になったか」
あいつは、飛びぬけてよく出来たヤツだったからなぁ、と、懐かしそうに話す。たぶん、普段であったら、そのままエリィの話を聞きたいところであったが、俺にはそんな余裕はなかった。
「レヴィ、落ち着きなさい。 エリィ・アイサールのことなら、もうそろそろ着くだろう」
ハウンド先生はそう言って、空を見上げた。
「ほら、言ってるそばから、あれがそうじゃないか?」
微かに空の方から低い音が響いてくる。小さな黒い点だったものが、徐々に大きくなって、轟音とともに、俺たちの前に現れた。
「お待たせしました」
黒い大きな塊のような空飛ぶバイクに跨った、栗毛の美しい狼のエリィが真剣な顔でそう言った。バイクから降りて、送迎車のそばまでくると、ハウンド先生の存在に気づいたエリィが、びっくりしたように声をあげた。
「ハウンド先生!?あなたが、彼らを送ってくださったのですか!」
「久しぶりだなぁ、 エリィ・アイサール」
ニコニコしながら運転席から手を伸ばすハウンド先生に、嬉しそうに握手をするエリィ。
「ご無沙汰しております。先生方はお元気ですか」
「ああ……それにしても……お前さんも、ずいぶんと美しい狼の姿だのぉ……」
「あっ!す、すみませんっ、大急ぎで来たもので」
慌てながら、自分の顔を何度も手でふれるエリィの姿は、俺たちからしてみると珍しくて驚いてしまう。
「あははは、まぁ、いいじゃないか。それよりも、お前たち、急いだほうがいいんじゃないのか?」
ハウンド先生の言葉で、我に返った。
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