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第81話 襲撃者(20)
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微かに、どこかで嗅いだことのある臭いがした気がして、目が覚めた。その臭いには、なぜか恐怖の印象しか湧いてこなくて、胸がドキドキしだしている。
床で眠りこけていた僕は、身体を起こして周囲を見渡した。だけど、何も変わった様子もないように見えて、僕はホッとする。気になった臭いも、今はしない。ポップンは静かに僕のそばで座っていたけれど、眠っていはいなくて、どこか警戒しているようにも見えた。
「ポップン、どうかした?」
僕はポップンの大きな頭をゆっくりと撫でた。
「クゥ~ン」
どこか、甘えたような鳴き声に、思わず微笑みがこぼれる。
「どうした。甘えん坊さん?」
そう声をかけた時。
静かにドアが開く音がした。
僕はレヴィたちが戻ってきたのかな、と思い、立ち上がろうとしたら。
「ウウウウウウウウウッ」
さっきまで大人しかったポップンが、急に唸りだした。
僕はそれだけで、ドアを開けてきたのはレヴィたちじゃない、ということがわかった。だって、ポップンはレヴィたちに唸ったりしなかった。僕はポップンに向かって、シィッと指を口に立てた。
僕たちがいるのは、出入り口のある大きな部屋の隣。いくつかあるベッドルームの一つ。ドアは開けっ放しになっていたから、誰かが入ってきたら一発で見つかってしまう。僕とポップンは大きなベッドの陰に隠れようと、身体を縮こませようとした。
すると再び、僕に恐怖を思い起こさせる臭いがした。それも、僕のすぐそばで。
「大人しくしなさい」
いつの間に!?と驚く暇もなく、ポップンがくたっと倒れこんだ。
「ポップン!?」
僕は慌ててそばにしゃがみこんだ。
「動くな」
背後から聞こえる冷ややかなその声に、僕は身動きがとれなくなった。
「死んではいない。ただ眠らせただけだ」
そう言われてホッとしたのもつかの間、再び感じた恐怖の臭いに、僕の身体はまるで金縛りにでもあったかのように強張ってしまった。そして僕のそばに立つ何者かが、小さく何か呪文を唱え始めた。
僕はその呪文の一部を聞いたことがあった。あれは、魔法学校での授業のこと。あの時は、先生が生徒の一人を座らせて、とても簡単な魔法です、と言いながら見せてくださった。それは、相手を眠らせる魔法。実際、その生徒はあっさりと眠らされてしまったのを覚えている。ただ、先生がこつんと頭をたたいただけで、すぐに目が覚めていた。
だけど、今、こいつが唱えている呪文は、もっと長くて、もっと難しそうで、僕はこのまま眠ったように死んでしまうのではないか、と思った。
なぜなら、思い出したから。この恐怖を思い起こさせる臭いは、鉄のような臭い。そうだ。これは血の臭いだ。そして、記憶の蓋が一つ開かれた。お父様が大きく目を見開きながら、血を流していた姿。僕と母様を逃がそうとして、血だらけになった姿を。
「ああっ!」
その記憶の痛みに声を漏らした僕は、一気に真っ暗な世界へと沈み込んでいった。
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