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第85話 再会(4)
僕はベッドに座りながら、ベッドの脇に置かれた小さなテーブルの上の食事を食べずにはいられなかった。たぶん、お腹がすいてたせいもあると思う。いい匂いに完全に負けた。味は人間の国のものよりもスパイシーだったけれど、見事にすべて食べきって、ヨキさんは満足そうに頷いて、食器を片付けに行った。
僕が食べている間、ヨキさんは、ここのご当主、ナディル・ハザールの話ばかりをしていた。
ヨキさん曰く、ナディル・ハザールは、獣人の国でも王家につぐ、大貴族、ハザール一族をまとめる当主であるということ。
ヨキさん曰く、若くして当主となり、若いからと侮っていた親族は、さっさと粛清し、あっという間に一族を掌握したということ。
ヨキさん曰く、魔法学校時代は優秀で現国王と学業も運動もトップを争ったほどだったということ。
ヨキさん曰く、イケメン度でも、現国王といい勝負だったということ。
……まぁ、ご当主大好きヨキさんから出てくる言葉は、すべて、いいことばかりしか出てこない。でも、そのナディル・ハザールの大事な人って?
「ねぇ、ヨキさん、そのご当主の大事な人って、誰のことですか?」
僕は食器を片付けてから、今度はデザートを持って再び戻ってきたヨキさんに聞いてみた。
「それはですねぇ……っと、いけない、いけない……」
調子よく話し始めようとしたヨキさんは、慌てたようにそう言うと、にっこり笑った。
「そろそろ、ご当主様もいらっしゃる頃でしょう。直接、お聞きになってはいかがでしょう?」
「え、いらっしゃるの?僕、こんな格好でいいんでしょうか?」
「大丈夫ですよ。ノア様は、体調がよくなかったのです。病人がどんな格好していても、問題はございません。ご当主様も、気にはされません」
「……」
僕は自分で体調が悪かったという自覚はないものの、ヨキさんが言いくるめるように言うのを、言い返す気力はなかった。
しかし、そろそろ僕にも限界が近づいていた。
尿意という限界が。
機嫌よくデザートを並べて紅茶をいれようとしたヨキさんに、僕はついに声をかけた。
「あの、ヨキさん」
「はい?」
「ぼ、僕……トイレに行きたいんですが」
「トイレ!ああ、そうですね!忘れていました!それでは、こちらに来てください」
ヨキさんは、デザートの置かれた小さなテーブル側ではなく、反対側に移ると、ベッドの下から何か取り出した。
「はい、ノア様、どうぞこちらで」
目の前に見せられたのは……お、おまる!?
「えっ、まさか、そこでっ!?」
「ええ、ここでどうぞ」
「いや、無理ですっ。ヨ、ヨキさんも見てるのに!?」
「ああ!私がお邪魔でしたら、いったん下がらせていただきます」
「そ、そうじゃなくて、普通にトイレに行かせてもらえませんかっ!」
「無理ですねぇ」
呆れたような声で、ヨキさんはおまるを目の前に差し出してきた。
「ノア様には申し訳ございませんが、こちらの鎖は外せません。なぜなら、外せないように魔法がかかっているからです。これを外せるのは、魔法をかけた本人のみです。あるいは、もっと能力の高い魔法使いでしたら外せるかもしれませんが、そもそも私には魔法の能力はございませんから、無理な話なんで」
静かに床におまるが置かれた。
「もし、これがお嫌でしたら、オムツでも履かれますか?」
オムツ!?なんで、赤ん坊でもない僕が、オムツなんだ!?
「オ、オムツのほうが嫌です」
「でしたら、こちらで」
ヨキさんはニッコリ笑いながら、おまるを指さした。
僕は、おまるもオムツも屈辱的で、思わず唇を噛みしめた。
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