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第86話 再会(5)

「ヨ、ヨキさん、早く出てってください」  僕は、もう我慢できそうもなくて、仕方なくおまるのほうに覚悟を決めようとしてた。  そんなタイミングで、ドアがノックされた。 「はい」  ヨキさんがドアを開けたと同時に入ってきたのは、大きな白銀色の猫……いや虎の獣人だった。たぶん、普通の状態だったら、見惚れるような美しさなのだろうけれど、今の僕にはそんな余裕などない。 「ナディル様っ!」 「……もう、食事を終えたのか」 「はい。今は、その……」  ヨキさんが、おまるのほうに視線を向けた。するとナディル様と呼ばれた虎は、おまるに目を向けてから僕に視線を合わせた。  深い紫色の瞳が僕を射抜いた。 「邪魔したか」 「えっ……」  ナディル様は、ふいに背を向けて出ていこうとする。 「あ、あのっ、あなたは、この鎖をはずせないのですかっ」  僕にはこの人なら出来るんじゃないかって、すぐに気が付いた。あんなにヨキさんが、べた褒めしてたんだから。 「な、ノア様、なんて失礼なっ」 「は、外せるなら、外してくださいっ」  ヨキさんは慌てたように言うけれど、僕はもう必死だった。 「ノア様っ」 「それを外ずして、なんとする」  背中を向けたままナディル様は、ドアに手を伸ばしていた。 「……ふ、普通のトイレにいきたいんですっ」  僕は、本当に限界で、ヨキさんとナディル様の前だというのに、もじもじするのも我慢できなくなってきた。 「も、もう限界なんですっ」  僕が涙声で言ったせいなのか、一瞬、ナディル様は驚いたように瞳を見開いたかと思ったら、ブツブツと何かつぶやいて、右手の人差し指を立ててサッと指を振った。それと同時に僕の手首についていた手錠が、ガチャンと音を立てて床に落ちた。 「ナディル様っ!?」 「ついて来い。手洗いはこちらだ」  ナディル様がドアを開き、先に出て行った。ヨキさんは、大きくため息をつくだけで、早く行きなさい、と言わんばかりに、手をひらひらと振った。僕は、慌てて追いかけた。  僕なんかよりも身体が大きいから一歩の幅も違うから、僕は小走りにしないと追いつかない。その上、もう、本当に限界すれすれだった僕は、周囲の様子を見る余裕なんかもない。 「ここのを使え」  長い廊下の途中にあったドアを開いて飛び込むと、まるで百貨店か何かの化粧室と言われるような綺麗なトイレだった。僕は急いで一番手前の小便器で、パジャマをたくしあげた。 「……はぁ……」  僕は、思い切りすっきりした解放感に、大きく息を吐いた。  正直、もう少しで、おもらししてしまいそうで。本当に、緊急事態だったのだ。

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